本年の「世界10大リスク」

謹賀新年。今年も来年の「でんすけ7」刊行を目指して、元気に文章を作成していきたいが、その前に新年早々の1月1日、最大震度7地震が石川県能登地方を襲った。さらに翌2日には、羽田空港の滑走路で日本航空の旅客機と海上保安庁の航空機が衝突し、炎上する衝撃的な事故が起きた。これらの災害や事故で亡くなった犠牲者の方々に哀悼の意を表するとともに、ご冥福を心より申し上げます。

さて、今年初めての題材は、世界の軍事的緊張が高まる中にあって、先読みが難しい国際情勢の見通しだ。昨年刊行した「でんすけ6」の前書きで触れたが、ロシアによるウクライナ侵略が終息の兆しが見えないまま、昨年10月にはパレスチナ自治区ガザでイスラエルイスラム主義組織ハマスとの戦闘が発生したことで、識者の中には「世界的規模の戦争になる恐れがある」との見解を示す人がいる。そういうことで吾輩も、今年の国際情勢の行方が気になっていたところ、1月9日付「読売新聞」が「10大リスク1位は米分断」と題して、次のように報じた。

〈調査会社が24年報告書ー「大統領 誰が勝っても深刻化」〉

【ニューヨーク=山本貴徳】国際情勢のリスク分析を行う米調査会社「ユーラシア・グループ」は8日、今年の「10大リスク」をまとめた報告書を公表した。最大のリスクに挙げたのは11月に大統領選を控えた米国で、「誰が勝っても分断と機能不全は深刻化する」と指摘した。

報告書は米大統領選について、「過去150年間に経験したことがないほど米国の民主主義が試される」と強調した。米国の政治的な混乱が国内のさらなる分断を招き、「国際舞台における米国の信頼性は損なわれる」と分析した。

2番目のリスクには、混迷を深める中東情勢を挙げた。3番目はウクライナ情勢で、ロシアが占領地の支配権を維持し、「ウクライナは事実上の分断統治となる」と分析した。

ユーラシア・グループは国際政治学者のイアン・ブレマー氏が社長を務め、年初に発表する10大リスクが注目を集めている。

■ユーラシア・グループが予測する2024年の「10大リスク」

(1)米国の敵は米国⇒大統領選で分断と機能不全が深刻化

(2)瀬戸際の中東⇒ガザでの戦闘は紛争の第1段階

(3)ウクライナ分割⇒ロシアは占領地を維持、今年が戦争の転換点に

(4)統治されないAI(人工知能)⇒選挙に影響を与えるために生成AIが利用される

(5)ならず者の枢軸⇒ロシア、北朝鮮、イランの連携が脅威に

(6)中国回復せず⇒金融の脆弱性や需要不足に対応できず

(7)重要鉱物をめぐる争い⇒各国が産業政策と貿易制限を強化

(8)経済的逆風⇒インフレが経済の足かせに。景気刺激策は限定的

(9)エルニーニョ再来⇒異常気象が食糧難や水不足、病気の要因に

(10)米国でのビジネス⇒企業は米国の「分断」への対応に苦慮

インターネットで調べてみると「ユーラシア・グループ」は、地政学リスクを専門に扱うコンサルティングファームの先駆けとして1998年に設立され、現在では約200名の従業員がニューヨーク、ワシントン、ロンドン、東京(15年7月には東京オフィスを開設)、シンガポールサンパウロ、ブラジリア、サンフランシスコのオフィスで顧客支援に従事している。また、クライアントは米国及び欧州を中心に約300社を有し、日本では2002年から開始して、約60社の各種企業にサービスを提供している。

いずれにしても、今年は1月13日投開票の台湾総統選、11月投票の米大統領選と重要な選挙が控えていることから、今後の動向には注目していきたい。そして、年末には「10大リスク」がどれほど正確に予測していたかを検証したい。

ところで「世界10大リスク」の中で、3番目のリスクとして挙げられたのが「ウクライナ分割」であるが、吾輩的には最も関心があるのはロシア・ウクライナ戦争の今後の見通しである。その意味するところは、米国の支援継続が事実上不可能になったことで、ロシアが現在占領するクリミヤ半島やドネック、ルガンスクなど、ウクライナ領土の約18%の支配権を維持し、ウクライナは事実上分割されると予測されるからだ。

現実的に現在、米議会でウクライナ支援を含む国防予算600億㌦(約8兆6千億円)の承認が一向に進まないので、2月24日には3年目に突入するロシア・ウクライナ戦争の先行きが不透明になってきている。それに関して、昨年12月26日付「産経新聞」が見出し「一筆多論ーレーニン憎むプーチン氏」(遠藤良介・論説委員)で、ロシア大統領・プーチンウクライナに対する歴史観や見方を解説している。

来年の1月21日でロシア革命(1917年)を指導したソ連の祖、レーニンの死去から100年になる。そのレーニンプーチン露大統領は憎んでいるといえば意外だろうか。

プーチン氏は91年のソ連崩壊を「20世紀最大の地政学的悲劇」と称してきたことで知られる。しかし、レーニンのことは嫌悪し、続く独裁者のスターリンを高く評価しているのだ。

今月14日にモスクワで行われた記者会見と対話行事でも、プーチン氏は侵略するウクライナ南部・東部に触れた中で述べていた。

レーニンはかつてソ連形成の際に総てをウクライナに与えてしまった。…しかし、南部・東部は親露地域であり、私たちには大事なのだ」。プーチン氏はこう語り、まだ占領していないオデッサなど他の黒海沿岸地域にも触手を伸ばす構えを見せた。

プーチン氏はこれまでも痛烈にレーニンを批判してきた。

2021年7月にプーチン氏が発表した論文「ロシア人とウクライナ人の歴史的一体性について」では、レーニン率いるボリシェビキによって「ロシアは強奪された」と断じた。

「今日のウクライナは完全にソ連時代の産物だ。それはかなりの程度、歴史的なロシア(の領土)によってつくられた」

今日のウクライナ領は18世紀末、ポーランド分割や露土戦争を受けて約8割がロシア帝国支配下に入った。中でもプーチン氏は、敬愛するエカテリーナ2世が露土戦争で獲得し、ノボロシア(新ロシア)という行政区画を置いた黒海沿岸地域に思い入れを持つ。

ロシア革命後、これらの地域を含む形でソ連内のウクライナ共和国が設けられ、ソ連崩壊によって独立を果たした。プーチン氏はこれを許せない。ウクライナボリシェビキによって作られた人為的な枠組みであり、存在理由がないというのが彼の主張だ。

ソ連の草設期、レーニンと民族問題担当の人民委員(閣僚)だったスターリンが「国家(連邦)の形態」をめぐる論争をし、各民族共和国に連邦から「離脱する権利」を与えるレーニン案が通った。

レーニンは当時、各地での民族主義の高まりを目にし、それに配慮する必要があると判断した。プーチン氏はしかし、共和国の離脱権をレーニンが埋め込んだ「時限地雷」と称し、それがソ連末期の民族問題噴出につながったと批判する。プーチン氏の目には、レーニンの死後に徹底的な中央集権化と「ロシア化」を進めたスターリンこそが正しいのだ。

プーチン氏の考える「偉大なロシア」は、ロシア革命ソ連崩壊という20世紀の2度の革命によって毀損された。その「偉大なロシア」を回復せねばならないというのがプーチン氏の思考回路である。

しかし、ロシアとウクライナは、1991年12月の独立国家共同体(CIS)創設条約や97年の友好協力条約、プーチン氏自身が署名した2003年の国境条約などで国境とその不可侵に合意している。プーチン氏の身勝手な論理は断じて許されず、それがまかり通れば国際秩序は崩壊する。

米国などによる国際支援が細り、ウクライナが苦境にある今こそ、この侵略戦争の本質を改めて肝に銘じなくてはならないだろう。

この各民族共和国が連邦から「離脱する権利」は、1922年にロシア・ウクライナ白ロシアなどの諸民族のソビエト社会主義共和国全権代表団がモスクワに集まり、ソビエト社会主義共和国連邦の形成に関する条約と宣言を承認したことから始まった。

ソ連邦形成に関する宣言、1922年12月30日〉

「連邦は、(中略)同等の権利を有する諸国民の自発的な統合であり(中略)、各共和国は連邦から自由に脱退する権利が保障される。(中略)連邦への参加は、現存する、あるいは将来生ずるであろうすべての社会主義ソビエト共和国に対し開かれている。(中略)新しい連邦国家は(中略)世界的資本主義に対する確かな砦であり、全世界の勤労者を世界ソビエト社会主義共和国に統合する方向へ向かう決定的な一歩である。」

この宣言を基にして、1924年1月31日に第2回ソ連邦ソビエト大会で、外観上は「主権国家」という建前をとって、連邦構成共和国が連邦から「離脱する権利」を含んだ最初のソ連憲法が採択された。その後長年、ソ連共産党独裁体制は、この憲法による「民族自決」という実に美しいスローガン兼イデオロギーを掲げて、国際的にマルクス・レーニン主義を宣伝するとともに、自国民に対しては体制維持に利用してきた。しかしながら、戦後の国連憲章が「民族自決」という言葉を定めたことで、結果的にソ連邦の諸民族が外国勢力(ロシア)から祖国を取り戻す意味付けに変わり、ソ連崩壊に導くことになった。そういう経緯を考えると、イデオロギー国家・ソ連邦は、いずれ自壊することは当然の帰結だったと言える。