小栗上野介の関連本が続々と出版

昨日(10月19日)、茨城県取手市の書店に赴くと、来年のNHK大河ドラマ「逆賊の幕臣」の主人公・小栗上野介忠順(1827~68)の関連本4冊が新刊として販売されていた。このうちの2冊については、朝日新聞と読売新聞の書評が的確な内容であるので紹介することにした。

1・10月17日付「朝日新聞」⇒「評伝 小栗忠順」(著者=大阪学院大教授・森田健司、作品社、2970円)

〈歴史から消えた「逆賊」の先見性〉

福島県の会津地方で郷土史家に取材したときのこと。「お国は?」と尋ねられ、桑名ですと私が答えたとたん、その方の表情が変わった。「桑名でしたか。戊辰戦争では会津藩士ともども大変な目に遭われましたね」

会津と桑名は藩主が兄弟で、最後まで幕府側についた。薩摩や長州が主体の新政府軍からは「賊軍」「朝敵」と呼ばれ、会津の戦いでは桑名藩士も多くが落命。戦火がやんだ後も、会桑2藩の元士族には暮らしに窮する者が少なくなかった。

本書が取り上げる小栗上野忠順(1827~1868)も「逆賊」「朝敵」との烙印を押されたまま生涯を終えている。幕臣として薩長勢力との徹底抗戦を唱えたが、隠栖先の上州・榛名山のふもとで官軍に捕縛され、申し開きの機会もないまま斬首された。

そんな小栗の実像を、著者は残された日記や家計簿などから丹念に描いていく。青年期から海防や開国を堂々と論じ、万延元年(1860年)の遣米使節では高官として日米の通貨比率を定める交渉にもあたった。

帰国後は外国奉行、勘定奉行、軍艦奉行など要職を歴任。いまで言えば、外務、財務、防衛の各省で実務を率いるような気鋭の政治家である。幕府内の反対を押し切って、横須賀に巨大な造船所を建てることを決断。日本で初となる株式会社「兵庫商社」を設立し、郡県制の導入もいち早く提言している。

だが明治政府は小栗の名を消し去ろうとする。彼の先見性が知れると、「時勢遅れの幕府を倒して近代化を始めたのはわれら新政府」との維新像が揺らぐと案じたらしい。著者によれば、いま高校で使われる主な日本史教科書7冊の本文にもその名は登場しない。

来年のNHK大河ドラマはそんな小栗を主人公に据える。明治政府によって歴史から減却され、令和の教科書からも追い出された「逆賊」がどう描かれるか。放送開始がいまから待ち遠しい。

2・10月18日付「読売新聞」⇒「小栗上野介ー「逆賊」とされた開明派幕臣」(著者=東洋大非常勤講師・塚越俊志、中公新書、1078円)

〈近代化推進 非業の最後〉

翌年のNHK大河ドラマが始まりそうになると、雨後の竹の子のように関連本が出版されるが、ビジュアル本や自称歴史家による便乗本ではない本格的なものは少ない。

来年の大河ドラマ「逆賊の幕臣」の主人公である小栗忠順は、幕末の最重要人物であるにもかかわらず、これまで吉川弘文館の人物叢書やミネルヴァ日本評伝選でも採りあげられることなく(「続刊予定書目」にもない)、一般の認知度も低かった。

本格的伝記として中公新書で出版された本書によって、小栗のことが広く知られるようになるであろうことは、喜ばしい。読者は幕末の日本が、有能な官僚群によって、すでに近代化していたことを知ることになるであろう(逆に言えば、「明治維新」は無駄だったことになる)。

「天狗」と称された少年時代の恐るべき能力(と性格)から始まり、目付としての万延遣米使節団の監察、外国奉行としてのロシア軍艦対馬占領事件への対応、江戸南町奉行としての麻疹への対応、勘定奉行・軍艦奉行としての日本の近代化に向けた諸政策(陸海軍の西洋化・滝野川反射炉や横須賀製鉄所〔造船所〕の建造・西洋式ホテル築地ホテル館や株式会社兵庫商社の設立など)を経て、「徳川氏の末路における一良吏」と称されるに至る小栗の生涯、そして強硬な新政府軍への抗戦論を主張したため享年四十二歳での「罪なくして」の斬首という悲惨な最期が正確な史料を基に語られている。

これまで私は、なぜ小栗だけが新政府に断罪されなければならなかったのか、よくわからなかったが、子供の頃以来、幕府の要職に就いて以降にも見られる過激な発想や強硬な言動にその原因があったことを、はじめて知った。

また、近年話題の大河ドラマの「史実改変」がどの場面でどのように行われるのかという基準としても、本書は有益である。

 

吾輩は、これまで小栗の関連本として、「小栗上野介ー忘れられた悲劇の幕臣」(著者=東善寺住職・村上泰賢、2010年12月15日初版第1刷)と「小栗上野介ー殺された幕末改革の旗手」(著者=法学者・蜷川新、2025年10月10日初版印刷)を読了している。だが、新たに出版された本に関しては、1冊くらい読んでみるかという程度で、改めて小栗を知る心境にはないのだ。

ところで、調べてみると吾輩が始めて「明治維新に?」を感じたのは、2016年5月21日に題名「明治維新を否定する本がなぜ売れる」を書いた時からだ。その際には、書名「明治維新という過ちー日本を滅ぼした吉田松陰と長州テロリスト」(著者=原田伊織)を読了して、主に興味深い部分を抜き出して書いたものだ。その後も「吉村昭研究会」の会員の中に、明治維新を批判をする人物がいたことから、季刊「会報誌」を通じて随分と勉強させてもらった。

いずれにしても、来年になればテレビ放映や小栗に関する本が新たに出版されて、国民の中から「明治維新」に対する見方を大きく変える人たちが出てくるであろう。その意味では、いまから来年が楽しみになってきた。