映画「親愛なる同志たちへ」から見えるロシア

4月8日から公開されているロシア映画「親愛なる同志たちへ」の詳細な解説記事が、6月12日付け「産経新聞」に掲載されたので、まずは全文紹介する。書いたのは、論説顧問・斎藤勉で、大見出しは「プーチン黙殺の『虐殺映画』」である。

〈ノボチェルカッスク60年〉

プーチン露大統領がウクライナ侵略を続ける最中、「ソ連時代で最大級」とされる労働者蜂起の残虐な弾圧事件を描いたロシア映画に出くわした。

事件現場は、ロシア軍がまさに今、「完全制圧」に血道を上げるウクライナ東部・ドンバス地方のすぐ東隣、ロシア南西部・ロストフ州の古都、ノボチェルカッスクだ。ちょうど60年前、フルシチョフ治世下の1962年6月2日の惨劇で、「血の日曜日事件」とも呼ばれる。

『親愛なる同志たちへ』と題したこの作品は、ロシア映画界の巨匠で『暴走機関車』(85年)などの名作で知られるコンチャロフスキー監督がメガホンをとり、2年前のベネチア国際映画祭で初公開された。驚くのは、反体制派の暗殺が相次いでいるプーチン独裁体制下で、ロシア文科省が事件を忠実に辿った国内での撮影も、作品の国内公開もともに許可したことだ。

当時の文科相プーチン氏の「思想」的バックボーンとされるメジンスキー氏だ。現在は大統領補佐官で「大ロシア主義」を標榜し、帝政ロシアに遡って過去の侵略戦争専制政治を肯定する立場だ。ウクライナ侵略直前には「ウクライナはロシアの一部以外ではありえない」と気炎を上げた。侵略開始まもない2月28日、ベラルーシでのウクライナ側との停戦交渉に突然、ロシア側の代表団長として登場、世界の耳目を集めた。

事件は6月1日、ノボチェルカッスクの電気機関車工場で食料高騰に苦しむ労働者に賃金カットが追い打ちをかけ、大規模なストライキに発展。5千人が工場近くに結集、鉄道を封鎖して機関車に「フルシチョフを食肉に!」と書きつけ、「肉、バター、賃上げ!」などと気勢を上げ、地元の共産党委員会まで占拠するなど暴徒化した。深刻な事態にフルシチョフはミコヤン第1副首相らを現地に急派、厳重な報道統制を敷いた。

フルシチョフの国家犯罪〉

翌2日、一般市民も加わった群集はレーニンの肖像を掲げて平和裏にデモを始めた。しかし、街に戦車とともに現れたソ連軍が「解散」を命じ、2発の警告射撃の後、特如、丸腰の群衆に向かって無差別に発砲し、現場は大流血の惨事となった。

国家保安委員会(KGB)のデータによると、死者26人、投獄者数百人のうち「首謀者」7人が銃殺刑になった。死者は約100人とする説もある。事件はソ連が崩壊するまで約30年間、ひた隠しにされ、為政者は誰一人、処罰されていない。事件直後、当局は平静を装い、血を洗い流した虐殺現場でダンスパーティーを催している。

歴史的な皮肉は、独裁者スターリンの個人崇拝や「人民の敵」とでっち上げた国民の大粛清などを暴露した「スターリン批判」で知られ、政治・文化的「雪解け」を演出したフルシチョフ自身が一転、国家犯罪の主役になってしました事実だ。

〈ロシアで続く恐怖政治〉

ノボチェルカッスクは帝政ロシア時代、ドン川の流域に勢力圏を持った軍事集団、ドン・コサックの首都で、ドンバス地方のドネツク州も入っていた。事件の60年後に起きたウクライナ侵略とその非道ぶりは酷似している。苛烈な情報統制と真実の隠蔽工作、無辜の市民への発砲、虐殺遺体隠しと秘密墓地への埋葬…。「ソ連版の天安門事件(89年6月)」ともいえる。

プーチン氏は虐殺現場の犠牲者の碑に2008年2月、追悼の花束を出向けている。これについて、在日ウクライナ国際政治学者、グレンコ・アンドリー氏は映画のロシア国内での公開黙認と関連づけて、次のように分析する。

「(スターリンを崇拝する)プーチン氏にとってフルシチョフは悪人だ。スターリン批判でソ連共産国家体制を衰退させる遠因をつくった。西側に弱腰で、日本には(1956年の日ソ共同宣言で北方4島の)2島返還を謳ってしまった。そのフルシチョフがロシア国内でしでかした虐殺だから公開を認めた。プーチン氏自身が始めたウクライナのような外国への侵略の暴露映画なら認めないだろう」

映画のパンフレットで軍事史研究家の津久田重吾氏は「かつてスターリンの忠実な部下だったフルシチョフは、同じように有無を言わせぬ強引な政権運営を行い、側近たちも指導者に苦言を呈する術をもたなかった。恐怖政治を生きてきた人々は、恐怖政治以外のやり方を知らない」と指摘している。プーチン氏にぜひ、知らしめたい箴言である。

この映画は、いずれ観ようと考えていたが、その前に的確な解説記事が産経新聞に掲載されたので紹介した。また、この虐殺に関しては、吾輩も学生時代からソ連のことを勉強して若い時分から知っていたことなので、ソ連当局が冷戦末期まで隠蔽していたが、西側諸国にはそれなりに漏れ伝わっていた。

いずれにしても、フルシチョフ治政下でも、スターリン時代と同じような残酷な出来事が起きていた。そして、今回のウクライナでの「プーチンの戦争」が始まると、プーチンが時代錯誤の領土拡張主義という「帝国復活」の妄想にとりつかれたことが自明になり、ロシアの国際秩序を否定する帝国主義的な発想の本性が現れたと言えた。そういう意味で、この記事はロシアの伝統的な本性や体質を的確に指摘しており、今まさに取り上げるに値する解説記事と考えたのだ。