北海道と南西諸島の防衛態勢の考え方

現在進行中のロシア・ウクライナ戦争を目の当たりにして、少しでも軍事の知識を得体と新刊書「日本で軍事を語るということー軍事分析入門」(著者=防衛研究所防衛政策研究室長・高橋杉雄〈1972年生まれ〉、発行所=中央公論新社)を購入した。著者は、いまやロシア・ウクライナ戦争が勃発した後、BSテレビで放送しているニュース討論番組で、東大の小泉悠専任講師と並ぶコメンテーターである。

本書を読んでみて、「自衛隊と宇宙・サイバー」の項目などは非常に参考になったが、紙幅の関係もあるので、北海道と南西諸島の防衛態勢に対する考え方を紹介する。

〈北海道を守れ!北方防衛戦略〉

このようにして整備された陸上自衛隊が、冷戦期に備えていたのは北海道の防衛であった。冷戦期には米国とソ連が激しく対立していたが、特に1970年代以降、双方にとって重要な戦力となっていたのは、核抑止戦略を支える戦略ミサイル原潜であった。地上に配備される大陸間弾道ミサイル(ICBM)と異なり、潜水艦から発射される潜水艦発射弾道ミサイル(SLBM)は、相手から攻撃を受けても生き残る可能性が高いため、核兵器で先制攻撃を受けた場合に、報復攻撃を行う上で死活的に重要な戦力と考えられたのである。

ソ連は、極東方面におけるオホーツク海を戦略ミサイル原潜の「聖域」とした上で、米海軍の攻撃から守り抜く戦略を立てていた。そして、ソ連から見れば、その戦略を実行する上で大きな障害になるのが北海道であった。ソ連の極東の拠点であるウラジオストクからオホーツク海に行くには、宗谷海峡を通る必要があるが、北海道を拠点に日米が活動できる限り、宗谷海峡ソ連が安全に使用するのは難しい。さらに、北海道からの航空戦力でオホーツク海上空の航空優勢を取られてしまえば、米海軍の攻撃によってソ連の戦略ミサイル原潜が撃破される可能性が高くなっていまう。

この点から、米ソの軍事衝突が起こった場合に、ソ連軍が北海道に上陸し、宗谷海峡を確保しようとする可能性が高いとみられていた。それを阻止するための防衛態勢として考えられていたのが、北海道の防衛を目的とする北方防衛戦略である。稚内方面に上陸し、宗谷海峡の確保を狙うであろうソ連軍に対し、陸上自衛隊は後退しつつも、旭川の北方にある音威子府という、谷状の地形で守りやすい場所に陣地を構築してソ連軍を食い止める戦略であったとされる。

〈重心は南西諸島防衛へ〉

冷戦が終結し、ソ連が崩壊したことで、北方防衛戦略は実際に活用されることなくその使命を終えた。冷戦終結後しばらくの間は、陸上自衛隊阪神・淡路大震災における災害派遣や、オウム真理教サリンテロ事件のときの化学兵器への対処、あるいは国連平和維持活動への参加やイラクへの派遣など、様々な活動を行ってきたが、2010年頃から、安全保障環境の悪化に伴い、南西諸島の防衛を視野に入れるようになってきた。特に、2013年版の防衛大綱では、統合運用に基づく能力評価を行った上で、島嶼防衛をはっきりと重視するようになった。

ただし、南西諸島防衛を行う上での大きな課題は、地上部隊を平時から展開させる基地が十分にないことであった。沖縄は第2次世界大戦末期に地上戦が行われたことや、既に多数の米軍基地が存在していること、また冷戦期に自衛隊自身が北方のソ連に備えていたことから、特に陸上自衛隊については十分な基地基盤が構築されていなかったのである。その問題に対応するために、与那国島に沿岸監視部隊を設置するとともに、宮古島石垣島自衛隊が強化されてきた。また、本土の自衛隊を有事の際に展開するために、機動展開能力の強化も進められてきた。特に、北海道は駐屯地や演習場も多く、訓練環境が良好なことから、北海道に配備する部隊は維持しながら、高い練度を保ち、有事の際に必要に応じて南西諸島方面に機動展開させるという考え方を取っているとされる。

また、2023年の国家防衛戦略、防衛力整備計画に基づき、陸上自衛隊スタンドオフ能力も強化することとなった。先に挙げた防衛力整備計画の別表3に示された、7個地対艦ミサイル連隊、2個島嶼防衛用高速滑空弾大隊、2個長射程誘導弾部隊である。特に、地上発射のミサイル部隊は、相手からの攻撃に対して生き残る可能性が高いという優位性があり、単に陸上戦を戦うだけでなく、海上における戦闘を支援するための長射程の耐艦ミサイルや、他の島を防衛するための高速滑空弾や長射程誘導弾を扱う部隊を整備することとしたと考えられる。

これは、日本の陸上自衛隊が、陸上戦だけでなく、海上戦にも関与していく方向性を示しているものであり、諸外国の陸軍の方向性と比べてもやや特殊な性格を持つものであると言える。島国である日本の防衛戦略の1つの特質であると考えることができよう。

どうですか、冷戦期のソ連軍に対する北海道防衛の戦略、そして現在の中国共産党軍に対して南西諸島防衛にシフトした背景や戦略を理解できましたか。本書によれば、「戦略とは『目的』『方法』『手段』の組み合わせを示すものである」といい、戦略の役割とは「『目的』『方法』『手段』を組み合わせ、何を実現したいのか、そしてどのようにそれを実現させるのかを論理的・体系的に示すことである」と述べている。

次に、昨年12月に閣議決定された戦略3文書(「国家安全保障戦略」「国家防衛戦略」「防衛力整備計画」)によって、今後5年間で防衛費を43兆円支出するとしたので、その内容を噛み砕いて説明すると、

ー弾薬・誘導弾、装備品等の維持整備費・可動確保、施設の強靭化を含む「持続性・強靱性」とされる項目に約15兆円を支出するとされているのである。これは約43兆円のうち35%に相当する額である。ー

要するに、ロシア・ウクライナ戦争が始まると、ネットの中で「自衛隊の弾薬は、全自衛隊が24時間撃ち続けると3日間とか、1週間でなくなる」と騒がれたので、まずは継戦能力向上のための弾薬確保にそれなりの予算を付けるということだ。

さらに、今後の防衛費を優しく説明すると、次のようになるという。

ー昨年12月の戦略3文書で防衛費を増額すると決める前は、防衛費は社会保障費の約6分の1から約8分の1、公共事業費の約半分といった割合で支出されていた。防衛費が今後、ほぼ倍増していくということは、公共事業費とおおむね同じくらいの水準になるということでもある。ー

そういうことか、という感じである。

ところで以前にも書いたが、若き国際政治学者として売り出し中の元東大助教授・舛添要一が、テレビの討論番組に出演した際に「フランスに国際政治学を勉強するために留学したが、欧州で国際政治学を勉強すると、必然的に軍事学を勉強することになる。これには驚きました」旨の話した。そうです、国際政治学を勉強したり、国際情勢を把握するには、必然的に軍事学を勉強することは当然の帰結です。そういうことで、吾輩もロシア・ウクライナ戦争を把握するために、本書を読む気になったのだ。

今年7月には「2023年版防衛白書」が出版されたが、これまで読んだことのない賢人であれば、一度は読んでみてはいかがですか。吾輩は、昨年出版された「防衛白書」を読んだので、今年は読む気はないが、これまで一度も読んだことがないならば、是非とも読んでほしいものだ。

最後は、本書のあとがきに「私が防研に就職して防衛省の職員になったとき、大畠教授ではない当時の指導教授から『これで君も色が付いたな』と言われたことは決して忘れないだろう。」という記述がある。つまり、早稲田大学政治経済学部を卒業し、修士課程を修了後、防衛研究所に就職した著者は、早大の指導教授の一人から「これで君も色が付いたな」と言われたと明かすのだ。また、テレビ出演中にいらだちを隠せなくなることがあったが、それは著名なジャーナリストや評論家が「議論が足りない」と言って日本の安全保障政策を批判したときだと説明する。

吾輩も、防衛意識は世界標準と考えているが、日本では余りにも左翼的思考の空想的平和主義者が多いので、ずいぶんと意識のズレを感じていたものだ。それにしても、米占領軍に押し付けられた「平和憲法」の前文の一節、「平和を愛する諸国民の公正と真義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」に関しては、しょせん独りよがりの願望に過ぎないのに、いまだに「冷徹な国際感覚」などない"脳天気"な護憲勢力がいることに驚きを感じる。

そのような日本の現状を思い出すと、著者も同じ感覚で生きてきたことが想像でき、誠に気の毒に感じるのだ。突き詰めれば、戦争回避には「抑止力」が欠かせないことを理解できない絶対「平和主義」は、ある面では"日本の内なる敵″と言えるものである。こうした徒輩を二度とはびこらせないために、名前を公表し世の中の笑い物にして、あの世に送り出してやれば良いと考えるのだ。