最新・北方領土のロシア軍の現状

2月27日に題名「北方領土周辺でのロシア軍の戦略」という文章を作成したが、3月10日に発売された月刊誌「VoiCe(ボイス)」(4月号)にも、ロシアにとって戦略的重要性が増している千島列島での軍部隊の現状が掲載されていた。著者は元在ロシア防衛駐在官海将補佐の佐々木孝博で、タイトルは「米欧の脅威に怯えるロシア」である。

北方領土死守を超えたロシアの狙い〉

(中略)

極東アジアにおけるロシアの軍事力の現況を具体的に概観したい。

この地域を管轄するロシア軍の東部軍管区(極東アジア担当)内のウラジオストクに太平洋艦隊の主要な水上艦艇部隊がいる。樺太南部、国後島択捉島松輪島には、地上軍部隊及び対艦ミサイル部隊、対空ミサイル部隊が配備されている。そしてペトロパブロフスク・カムチャツキー(ルィバチ基地)に戦略原潜部隊が配備されている。

北方領土周辺のミサイルの配備状況を見てみると、国後島には射程130㌔の対艦ミサイル「バル」(SSC-5)や地対空ミサイル(SAM)システム「S-300V4」(SA-23)を実戦配備。択捉島にはさらに射程の長い(300㌔)対艦ミサイル「バスチオン」(SSC-6)とS-300が配備されている。

さらに松輪島にも、対艦ミサイル「バスチオン」が配備されたことが最近明らかになった。ミサイルの配備状況から読み取れるのは、ロシアが守りたいのは北方領土だけではないということ。この周辺に配備されている複数の対艦・対空ミサイルの射程が重複しているのは北得撫水道であることが確認できる。

次に北方領土に駐留する部隊を見ると、部隊規模約3500名の第18機関銃・砲兵師団が択捉島及び国後島に駐留。具体的に隷下部隊として、択捉島には第49機関銃・砲兵連隊が、国後島には第46機関銃・砲兵連隊がある。

この地域に配備される、多連装ロケット「スメルチ」、改修型戦車「T-72B3」、多目的型ヘリ「Mi-8」は、着上陸阻止のための兵器だと考えられる。また地対空ミサイル「S-300」、多目的戦闘機「Su-35」は航空優勢を確保するため、さらに「バスチオン」や「バル」といった対艦ミサイルは、海上優勢を確保するための装備であろう。

一見すると北方領土への着上陸阻止、近接阻止が目的のように思えるが、前述した対艦ミサイルと対空ミサイルの配備状況から考えて、ロシアの真の狙いは、オホーツク海へのチョークポイント(北得撫水道など)の防衛だと考えられる。

核戦略・海軍戦略から見た極東アジアの重要性〉

冒頭で触れた過剰防衛意識から、ロシアは安全保障の最後の砦としての核戦力、とりわけ核による第二撃能力を保有していないと安心できない。極東アジア地域における第二撃能力の主体は、戦略原潜搭載の核(SLBM)になる。

そこでロシアは、この戦略原潜の運用のためにもオホーツク海全体を要塞化、聖域化することを考えていると想定される。当然、潜水艦を自由に移動させることが不可欠であり、この観点から得撫島と新知島の間の北得撫水道がチョークポイントになる。北得撫水道は幅65㌔、長さが30㌔、水深はもっとも深いところで2225㍍もあり、流氷があっても潜航状態での運用が可能だ。そこでロシアはここを重要視し、死守したいと考えている。つまり、千島列島線から内側に敵対勢力を入れることを阻止したいと考えているのだろう。

北方領土はこの「オホーツク海の聖域化」のためにきわめて戦略的に重要な位置を占めている。もし北方領土が日本に返還された場合、在日米軍施設の建設が想定され、そこから偵察活動などか行なわれれば、オホーツク海の聖域化が崩れるとロシア側は認識している。本来ロシアが死守したいのは北得撫水道だが、そのための勢力圏として北方領土の維持は不可欠な条件なのだ。また海軍作戦上も、ウラジオストク宗谷海峡北方領土周辺(択捉水道または北得撫水道)ーペトロパブロフスク・カムチャツキーの水上及び水中航路の確保は重要である。

こう考えると、北方領土の日本への返還は、軍事戦略上はありえないということになる。

さらに最近は、北極海の氷が解けて北極海航路が使えるようになったことから、ヤマル半島のLNG基地からの天然ガスを、夏季には北極海から太平洋側へと海上輸送が可能だ。このため北方領土周辺の安全確保が重要になり、ロシアのエネルギー輸出の観点からもこの海域の重要性が増している。北方領土近傍に中継基地と北太平洋航路の結節点としてこの海域のコントロールを維持したい、とロシアは考えているのだろう。

こうした戦略的重要性から、ロシアは北方領土返還(引き渡し)を考えていない。ただし、日本との平和条約をロシアに有利な形で進めるため、もしくは日米の離間を図る目的で、北方領土問題を政治的に利用する可能性はあるだろう。

しかしロシアは、東京大学先端技術研究センター専任講師の小泉悠氏が主張するように、2島について「引き渡し」には言及しても、主権については何も触れておらず、主権を渡すつもりはないだろう。2島における居住権、経済活動や漁業活動などについて、ロシア人同様に日本人にも認めることはあっても、あくまでロシアの主権の下で、というのが大前提だと思われる。

それでは、ウクライナ戦争が激しさを増している中で、北方領土に駐留するロシア軍部隊は現在、どのような現状にあるのか。元時事通信モスクワ支局長で拓殖大学教授・名越健朗によると、

北方領土を含む極東地域を管轄する東部軍管区では、約6割に当たる戦力がウクライナ戦線に投入されている。

北方領土の部隊は、陸軍第18機関銃・砲兵師団で、師団司令部のある択捉島に約3000人が常駐している。そのうち、数百人規模がウクライナに駆り出された。

北方領土の兵士は若く、島民に武器を横流しするなど、以前から綱紀の乱れが指摘されてきた。また、日本が強引に北方領土の実効支配を目指さないので、マトモな実戦経験もない。

そうであるならば、北方4島奪還のチャンスがめぐってきたと言えるが、ロシア軍側も最近、北方領土国後島択捉島の演習場などで盛んに軍事演習を実施している。例えば、

○2月にオホーツク海南部などで、24隻の艦艇で大規模演習を実施。

○3月10日に北方領土と千島列島で、地対空ミサイル「S300V4」の発射訓練を実施。

○3月25日から千島列島で、3000人規模の軍事演習が始まり、対戦車ミサイル無人機(ドローン)を投入した訓練も実施。

○4月1日からも千島列島で、1000人以上が参加して、対戦車ミサイル無人航空機などを使って砲撃や偵察などの訓練を実施予定。

特に、3月25日からの軍事演習では、30日の夜(18時30分頃から19時30分頃の間)に国後島方向を撮影した根室市内で「地鳴りのような音と、複数の閃光が確認した」というテレビ映像が放送され、吾輩もネットでこのニュース番組を観た。あれほどの音や光が確認されることは珍しいというが、前述の小泉氏は「ロシア国防省は3000人規模の訓練を開始したとしたが、大部分をウクライナの戦線に投入しており、実際の訓練規模は発表よりも少ない」とコメントしている。

以上のように、極東地域を管轄する「東部軍管区」(本部・ハバロフスク、地上部隊8万人)は、最近盛んに北方4島周辺で軍事演習を活発化させているが、そこには「領土不拡大」を謳った大西洋憲章(1941年)とカイロ宣言(43年)を破り、千島列島と南樺太を占拠したことにより、いつ日米両軍による上陸作戦が実施されるのか、という恐れを持っているからだ。しかし、ここで最大の難問は、プーチン(ロシア大統領)が軽々しく“核使用"をちらつかせていることだ。

吾輩は以前から、オホーツク海に潜航させて米国本土を射程に入れたロシアの弾道ミサイル搭載原子力潜水艦(SSBN)を、米海軍はどのように監視しているのかと関心を持っていた。最近の報道で、カムチャッカ半島の原潜基地には、ロシア太平洋艦隊のSSBNが3隻配備されているというが、そうであれば米海軍は絶対にオホーツク海に侵入したい筈である。そう考えると、米軍はロシアのSSBNを牽制する意味で、絶対に自衛隊による北方領土奪還作戦に協力してくれると考えるのだ。

いずれにしても、北方領土の奪還の千載一遇のチャンスがめぐってきた以上、あらゆることを選択肢に入れてチャレンジするべきである。そして我々日本人は、それなりの覚悟を持って見守るべきである。