ロシアのウクライナ侵略開始から1年

ロシアによるウクライナ侵略は、開始から2月24日で1年を迎えた。この間、購読3紙(朝日・読売・産経各新聞)や雑誌などで戦況の把握に努めたが、最も参考にしたのは民放BSの報道番組で、BSーTBS「報道1930」(平日午後7・30〜1時間半)とBSフジの「プライムニュース」(平日午後8時〜2時間)であった。その番組の中で連日出演して、一般の視聴者に向けて戦況を詳しく解説してくれたのが、東大先端科学技術研究センター専任講師・小泉悠であった。

そこで、ウクライナ戦争1年ということで、産経新聞と読売新聞に掲載された小泉講師の見解を紹介する。

産経新聞(2月24日付け)

〈露軍の立て直しは侮れない〉

ロシアの侵攻が明らかにしたのは、現代でも国家間の戦争は起こり得るということだ。冷戦後、テロなどの非対称戦争に移るとされたが、結局は古典的な戦争が行われている。ブチャの悲劇など非人道的行為が繰り広げられるのが戦争の現実なのだと実感した。

最大の驚きはウクライナ軍の志気の高さだ。当初首都キーウ(キエフ)に侵攻した露軍の作戦は巧妙だったが、ウクライナは組織的な戦闘力を維持し耐えた。2014年のクリミア併合後に軍改革を有効に行っていたのだろう。プーチン露大統領はウクライナ人のアイデンティティーを見誤り、作戦失敗につながった。昨年9月のウクライナ軍のハリコフ州奪還は第二次大戦後で最大の敗北だ。

ただ、その後の露軍の立て直しは侮れない。動員した予備役30万人の半数以上はまだ戦場に出ていない。他国支援がほぼない状態で戦闘を1年間続けた。戦闘が持続可能なレベルにあると考えられ、消耗戦ならウクライナ軍は不利だ。

プーチン氏は核使用もちらつかせているが、ハリコフ敗北後も戦術核は使えなかった。使えば北大西洋条約機構(NATO)の介入を招き、やぶ蛇になりかねない。使用は難しいだろう。

侵攻の動機はまだ分からない。NATO東方拡大や米国一極覇権への反発、ロシアとウクライナ人は歴史的に一体とする民族主義的思考もありそうだ。ソ連成立100年の昨年を節目と考え、1年以上前から決断していた可能性もある。

戦争が長引くのは間違いない。プーチン氏にはすでに「武器を使わない西側との戦争」との意識もあるはずだ。いずれかが大勝ちする場合と、互いに継戦が困難になる引き分けのような場合が考えられるが、予測は困難だ。朝鮮戦争北緯38度線のような線を設ける展開もあり得る。ただ、ウクライナの安全の保証がない限り、実効的な停戦合意にはならない。

22年9月公表のNATO前事務総長らによる安全保障枠組み案は、ウクライナNATO未加盟でも欧米が軍事支援できるとの内容だった。停戦にはこれに近い合意が必要だが、露にのませるにはウクライナが優勢を獲得する必要がある。

今後の焦点は西側がどこまで軍事支援できるかだ。欧米は第三次大戦を恐れ迅速な支援に踏み切れていないが、戦車供与のタブーは破られた。戦闘機も遠からず供与されるだろう。長射程ミサイルと3つがそろえば、開戦ラインまで押し戻すのも不可能ではない。

日本も教訓として戦争を防ぐ方法を真剣に考えるべきだ。東アジアは、紛争の予防や危機管理を担う欧州安全保障協力機構(OSCE)のような枠組みが不十分。台湾有事が叫ばれる中、日本発で紛争防止のメカニズムを唱えるべきだ。

◎読売新聞(2月24日付け)

〈領土分断 十分あり得る〉

終結には三つの形が考えられる。一つ目はロシアの勝利だ。露軍の損耗を考慮すると、首都キーウ占領による政権崩壊は相当困難だ。ドンバス地方(ドネツク、ルハンスク両州)など東部を幅広く占領した形が考えられる。ウクライナを分裂国家にすれば、2014年のクリミア併合以降のように外交的駆け引きに使え、国内に成果も誇示できるかもしれない。しかし、まずは激戦が続くドンバスで勝利しなければならない。

二つ目はウクライナの勝利だ。既に始まったとみられる露軍の攻勢を耐えきることが大前提となる。その上で十分な予備兵力を確保できれば、昨秋のような反転攻勢の機会が生まれる。勝利条件は「国土の大部分を取り返すこと」だが、クリミア奪還は軍事的に困難だ。政治的にも、ロシアは憲法を改正してクリミアを領土と定めており、最後まで譲らないだろう。昨年2月の侵略開始前が現実的な目標とみられる。

双方とも国力が追いつかなくなれば、「どちらも勝利できない」となる可能性も高い。38度線で落ち着いた朝鮮戦争のように「東西ウクライナ」となる恐れも十分にあり得るだろう。

侵略の終結は、開始から3年目以降になるだろう。8年に及んだイラン・イラク戦争からも分かるように、近代国家は強靭で、経済を維持しながら戦争を続けられる。拙速に事を進め、「侵略は成功した」との歴史を残してはならない。ウクライナに望ましい形を模索し、ロシアが停戦をのまざるを得ない状況を作ることが重要だ。

以上が、ロシアによるウクライナ侵略開始から1年を経た戦況・行方に対する小泉講師の分析・見解である。

それにしても、我が国民の国防意識の低さは、耐え難いほど寒々しい。国際的に信頼度の高い「世界価値観調査」(2020年9月調査)で「戦争になったら進んでわが国のために戦うか」と問うたところ、「はい」と答えた日本人は対象77カ国・地域中最下位の13・2%だった。1位のベトナムは96・4%、5位の中国は89・7%で、76位のスペインでも34・0%。つまり、日本人はダントツの最下位であるのだ。

このような現状にある背景には、戦後一貫して戦争を放棄する「憲法第9条」を堅持し、防衛費は「国内総生産(GDP)比で1%程度」という枠をはめるという、無関心な「安全保障」政策の歴史があったからだ。そのため、活発に議論されてきたのは「専守防衛」という必要最小限度の防衛戦略で、本来は外国の侵略からどう国を守るか、という最も重要な部分が欠落してきた。また、安全保障への危機感の欠如からか、戦闘は自衛隊任せで、国民に相応の覚悟を求めるという議論もなかった。

そのような「平和ボケ」日本であったが、ロシアによるウクライナ侵略開始を見て、政府は慌てて昨年12月16日に安全保障に関する3文書(国家安全保障戦略、国家防衛戦略、防衛力整備計画)を閣議決定し、それに伴い「防衛関連費」はGDP比2%に引き上げられ、今後5年で総額43兆円への大幅増になった。その中で、自衛隊の「戦闘継続」に弾薬量が足らないことが明らかになり、慌てて大量の弾薬を確保することになった。しかしながら、米中央情報局(CIA)のウィリアム・バーンズ長官は最近、「習近平人民解放軍に対して台湾侵攻を成功させるべく2027年までに準備を終えるよう指示したという情報を得ている」と発表した中で、果たして間に合うのかというのが日本の現状である。