次期検事総長は辻裕教か畝本直美か

ある面で専門的な題材であるが、昨年末の検察庁人事を新聞で見て驚いた。なぜなら、東京高検検事長に女性の広島高検検事長・畝本直実(司法修習40期、昭和37年7月生まれ)が就任するというからだ。

東京高検検事長は、検事総長に次ぐポストで、検事総長就任する前に絶対に就くポストであるから、次の東京高検検事長は、間違いなく次期検事総長と言われていた仙台高検検事長・辻裕教(司法修習38期、昭和36年10年生まれ)が就くと考えていた。ところが、ダークホースと見られていた畝本直美が東京高検検事長に就任するというのだから驚いたのだ。

このような人事になった背景には、法務・検察に詳しい人なら知っていることであるが、あの「黒川問題」が未だに尾を引いている。そのあたりのことを、月刊誌「文芸春秋」(3月号)と週刊誌「毎日サンデー」(2月19-26号)が取り上げている。

1・月刊誌「文芸春秋」ー霞が関コンフィデンシャルー

〈女性総長と黒川問題〉

庁舎内にどよめきが起きるほどの衝撃人事だった。検察ナンバー2の東京高検検事長に畝本直美広島高検検事長(63年任官)が起用された。

東京高検検事長は、論功行賞で定年間近に起用されるケースを除き、次期検事総長が確実視されるポスト。甲斐行夫検事総長(59年)の後継として畝本氏が検察トップに就けば、史上初の女性検事総長が誕生する。

東京高検検事長の人事は、定年が迫る山上秀明最高検次長検事(62年)をワンポイントで起用し、その後、検事総長含みで辻裕教仙台高検検事長(61年)を起用するとみられていた。それだけに畝本氏の抜擢は驚きをもって受け止められたのだ。

この衝撃人事の背景には、3年前の安倍官邸による検察首脳人事への介入がある。

検事総長の本命とされてきた林眞琴(58年)を名古屋高検検事長で退官させ、同期の黒川弘務東京高検検事長検事総長含みで、定年延長させる異例の人事を行おうとした。結局、黒川氏に賭け麻雀が発覚するなどし、林氏が検事総長に起用された。

こうした一連の官邸による人事介入に唯々諾々と従ったのが法務事務次官だった辻氏だ。畝本氏の抜擢によって黒川問題にけりがついたといえるのかもしれない。

2・週刊誌「サンデー毎日」ージャーナリスト・鮫島浩(前朝日新聞記者)の見出し「岸田首相VS菅前首相/ドロ沼の暗闘が始まっている!」の一部分ー

〈検察は「最大の岸田支持勢力」か〉

政界が注視しているのは、夫(三浦瑠麗氏の夫・清志のこと)の会社を強制捜査したのが東京地検特捜部であることだ。何しろ菅氏と検察は因縁の関係なのだ。

菅氏が官房長官として各省庁人事に大胆に介入したのは周知の事実だが、とりわけ検察人事への介入は波紋を呼んだ。安倍政権の権力私物化疑惑の捜査を次々に封じたとして「官邸の守護神」と呼ばれた黒川弘務氏を引き立て、法務省官房長→法務事務次官→東京高検検事長検事総長コースを歩ませる一方、検察庁検事総長に推していた同期の林真琴氏を冷遇した。検察は対抗するかのように菅氏側近として知られた菅原一秀経産相河井克行元法相に捜査の手を伸ばした。

菅氏は黒川氏の定年を延長してまで検事総長に据えようとした。「菅VS検察」が泥沼化したところで黒川氏が新聞記者と賭け麻雀していたことが報道で発覚し、黒川氏は辞職に追い込まれて林氏が検事総長へ就任したのである。「菅VS検察」は予期せぬ大逆転で検察に軍配が上がったのだった。

「菅氏の検察に対する怨念は凄まじいでしょう。検察は菅政権が復活して人事に介入されることだけは阻止したい。東京地検特捜部が手がけた東京五輪汚職事件は民間人だけの起訴で終わりましたが、五輪招致・開催を主導した安倍政権中枢の関与が注目され、菅氏への十分な牽制となりました。特捜部が今なお電通も絡んだ独占禁止法違反事件の捜査を続けているのも、菅氏には大きなプレッシャーです。岸田首相は東京五輪に無関係ですから、検察としてはやりやすい。今や検察は最大の岸田支持勢力と言えるかもしれません」(宏池会関係者)

三浦氏も東京五輪も確かに「菅案件」と言えなくはない。外務省が「菅シンパ」なら検察庁は「アンチ菅」とみてよいだろう。

というわけで、昨年末の検察庁人事に関しては、いろんな雑誌が取り上げているが、吾輩が読んだ雑誌類はこんなものである。だが、ジャーリストの中では元朝日新聞記者・村山治が法務・検察の調査報道では第一人者であるので、見解を是非とも知りたいと考えているが、今のところ読むことができないでいる。

しかしながら、畝本直美がこのまま検事総長に就任するとは考えていない。なぜなら、現在の検事総長・甲斐行夫の誕生日が来年9月(定年の65歳)であるので、それまでに辻裕教が東京高検検事長に就任すると考えているからだ。つまり、年内の秋か年末に畝本直美が退任すると考えているのだ。

ところで、安倍晋三元首相に2020年10月から21年10月まで18回、計36時間にわたってインタビューを行った新刊書「安倍晋三 回顧録」(中央公論新社)が出版されたので購入した。この中で安倍は、一連の「黒川問題」など官僚の人事介入に対して、次のような見方を示している。

ー黒川さんの定年延長を求めたのは、辻裕教法務事務次官と、当時の稲田伸夫検事総長ですよ。〜林(眞琴)さんは18年1月、名古屋高検検事長となりました。私は「え、林さん、名古屋行っちゃうのか」と驚いたくらいです。これは上川陽子法相の決めた人事でした。ー(56ページ)

ー検察OBは、政治が我々の領域に入ってくるな、と言いたかったんでしょ。役所のOBはどこも、人事は自分たちで決める、とはき違えていますから。そもそもトップの検事総長最高検の次席検事、全国8か所の高検検事長の任命権は、内閣が持っています。ー(57ページ)

ー官僚の中には「この政治家はあと3年もすれば終わりだ」とか思って、政治家の言うことを聞かない人もいるのです。役人は不可侵だ、みたいな考え方は大きな間違いです。内閣人事局があって初めて政治主導が実現するのです。ー(139ページ)

吾輩は以前から書いているが、検察庁の人事に関しては、おかしいことが多くある。例えば、身内の検察官の捜査を担当した人物が、驚くようなスピードで出世して行くことだ。これでよくも検察官の反乱・不満が噴出しないものだ、と考えたこともある。

最後は、吾輩が官邸による“建て前"による検察人事を批判した2019年9月1日の文章の一部を紹介する。

「誇り高い法務・検察の人事は、財務省などの官庁以上に、厳格な序列によって決まる。それを考えると、彼らがプライドを持って職務に励んでもらう意味からは、彼らなりの人事システムは尊重されるべきだ。さらに言うと、国会議員の代名詞である『選民』はもはや死語になっている中で、尊敬されない政治家が国のために働くという志を持った官僚の人事を行うことは、それ自体が問題とも言える」

安倍も公務員の“誇り"に関して、次のように発言している。

自衛隊隊員は「事に望んでは危険を顧みず、身をもって責務の完遂に務め、もって国民の負担にこたえる」という服務の宣言をしている。憲法上の正統性を明確にして、誇りを与えないのは間違っているでしょう。9条に自衛隊を明記し、違憲論争に完璧に終止符を打ちたいのです。ー(137ページ)

要するに、多くの公務員は“誇り"を持って奉職しているが、特に検察官や自衛官は“誇り"を持たせることが一番重要である。それを考えると、とてもでないが「選民」(意味=〈ある事をするために〉神に選ばれたすぐれた人民)と言えない政治家に人事介入させてはならない分野があることを知るべきだ。(敬称略)