遠軽高校の活発な部活動の背景

3月6日の夜、ネットで「北海道新聞」を見たら、見出し「遠軽ラグビー吹奏楽、野球 部活動の強さの理由は? 生徒に密着〈デジタル版〉」という記事を発見した。すぐに遠軽町の後輩に連絡して、翌朝にその記事をファクスで送付してもらった。

北海道のオホーツク海にほど近い内陸部にある人口約1万8千人のまち、オホーツク管内遠軽町。北海道立遠軽高校吹奏楽ラグビー、野球など、スポーツや文化の部活動で、全国レベルの実力を誇る学校として知られています。入学者は北海道内の各地から集まります。過去に全国レベルの大会に出場経験のある三つの部活に所属する生徒たちに密着し、遠軽高の強さの理由を探りました。

ラグビー

2月上旬の平日朝、遠軽高から徒歩1分の距離にある下宿に取材に行くと、5人の男子生徒が朝食を取っていました。全員ラグビー部員です。同部は過去に10度、全国大会(通称・花園)出場を果たしています。副キャプテンを務める2年の星樹音さん(17)は網走市出身で、中学時代はオホーツク管内美幌町を拠点とするラグビースクールで活動していました。「スクールの先輩や同期と一緒に遠軽高で花園に行きたい」。入学を機に、親元を離れて下宿生活を始めたそうです。

「朝はみんな眠たくて、あまりしゃべろとはしないです」。地元テレビ局の朝のワイドショーを眺めながら静かに食事する仲間たちを見て、星さんが教えてくれました。ソーセージやスクランブルエッグなどをおかずに各自のペースで白いご飯をほおばります。星さんは15分ほどで食べ終わり、下宿を運営する粕谷浩司さん(60)美子(60)夫妻に「ごちそうさま」と声をかけて2階の自室に向かいます。

食後はスマートフォンで友達と連絡を取ったり、交流サイト(SNS)を見ていることが多いそう。約6畳の部屋には、練習用のユニホームやTシャツなどがたくさんかかっていました。午前8時、陽気な口笛を吹きながら、学校に向かう準備を始めました。1階の洗面所で制服に着替え、歯磨きを済ませます。この日は出かける直前、実家がある網走の同級生にSNSを通じてメッセージを送っていました。「今日が誕生日の知り合いがいて。地元の友達も大事にしたいんです」

身支度を済ませた生徒たちは、遠軽高の登校時間の10分ほど前に出発。下宿から目と鼻の先の距離のため、十分に余裕を持って到着できます。校舎の玄関で他のラグビー部員やクラスメートとも合流し、教室に入っていきます。星さんは、午前中の授業の合間に、登校前に粕谷さんから受け取った弁当を「早弁」しました。昼休みにも購買部で菓子パンを1個買って食べ、放課後の部活に向けて準備万端。体力が重要なラグビー部員にとって、エネルギー補給は欠かせません。

部活は授業時間が終わった午後3時半ごろから始まります。インフルエンザの流行などの影響で、学校グラウンドでの練習は5日ぶり。降り積もった雪がグラウンドを埋める中、部員たちは長靴や防寒着を着て縦横無尽に動き回ります。ボールを使う練習だけでなく、タックルや、体幹を鍛える基礎練習にも多くの時間を費やしていました。

「それでいいのか。もっと早く、走れ」。同校OBで高校3年時に国体メンバーにも選ばれた石崎真悟(44)と、現役時代に花園常連の京都成章高で腕を磨いた竹下恋コーチ(26)のげきが飛びます。選手たちの多くは、こうした実績ある指導体制や、遠軽町や民間による全面的なバックアップのある活動環境などを理由に遠軽高を選んでいます。星さんも「夏場に天候を気にしないで練習できるのが魅力的だった」と話します。町内には遠軽ラグビー部が日常的に練習で利用できる人工芝の球技場があり、札幌などの私立強豪校にも勝る設備で実戦的な練習に打ち込むことができます。

石崎監督は練習中、よく「トークしなさい」「レビューしなさい」と選手に指示を出していました。選手同士で課題を共有したり、プレーの出来を評価し合ったりして、自分たちで弱点や強みを把握する力を身につける狙いがあります。星さんはこうした選手同士の話し合いでは率先して意見を言います。「自分は時々感情的になり、態度や顔に出やすい部分がある。仲間と積極的にコミュニケーションをとって、副キャプテンにふさわしい行動や言動を心がけたい」。遠軽高での生活を通し、責任感が芽生えてきたようです。

練習後の下宿では、夕食を終えた星さんを中心に部員たちが食堂に集まり、過去の自分たちの試合映像を2時間近く見返していました。

吹奏楽

吹奏楽局2年の斉藤菜々佳さん(17)は、遠軽から約50㌔離れた美幌町の実家からJR石北線で通学しています。学校がある日は毎朝午前5時ごろには起床し、身支度を済ませて6時過ぎに出発。母親の幸江さん(48)の運転する車で美幌駅まで向かいます。駅に着き、車内から母親と愛犬に見送られて、始発列車に乗り込みました。登校時間に間に合う唯一の列車で、同じ車両には通勤客や旅行者が数人いましたが、高校生の乗客はいませんでした。斉藤さんは「(長距離通学に)後悔は全くないです。遠軽高という全国上位を狙えるレベルの中で、3年間部活に打ち込みたかった」と話します。

片道約1時間20分かけて遠軽駅に到着し、同じ部活の友人と合流しました。遠軽高までは徒歩約20分。部活や学級での出来事について会話を弾ませながら校門をくぐります。1時間目の英語の授業では親しい友人と英会話でペアを組むことができ、うれしそうでした。

放課後の午後3時半、吹奏楽局の練習がスタート。この日は、同校OGで東京芸術大3年のサックス奏者外川莉緒さんが指導に訪れていました。アルトサックスを担当する斉藤さんは、同じパートの1年生3人とともに外川さんの特別レッスンを受講。パートレッスンに続いて、個人レッスンも行われました。

「高い音がかすれてしまうのですが、どうしたらなおりますか」。アドバイスを求める斉藤さんに、外川さんは手本を見せて優しい口調で改善策を教えてくれました。

ほかにも吹奏楽局には第一線で活躍する卒業生ら外部の音楽家が講師として招かれることがあるといいます。厳しい言葉で指導される時も少なくないそうですが、斉藤さんは「自分で『学びたい』と思って来た場所なので、甘えたらだめだと自分に言い聞かせています」ときっぱり。その強い覚悟は、レッスン後も一人で練習する姿に現れていました。後輩や別パートの部員もいない、斉藤さんの音だけが響く教室。少し休んだりしても良さそうですが、楽器から口を離しません。約20分間、一切気を緩めることなく、レッスンの反復を続いていました。

午後6時半ころ、斉藤さんは他の部員よりも一足早く学校を後にしました。吹奏楽局全体の終了時間まで学校にいると、帰りの特急列車に間に合わなくなるからです。もし、列車を1本逃してしまうと帰宅は約2時間遅れるので、下校時も気が抜けません。ただ、冬は降雪などの影響で列車の遅延もあります。今冬は雪で列車が途中で止まって長時間動けなくなった時がありました。「家族に車で迎えに来てもらって、家に着いたら深夜1時くらいでした」。長距離通学の大変さを改めて痛感したそうです。

帰りの列車の中では音楽を聴いたり、家族に連絡を送ったりします。美幌駅に到着し、母の幸江さんの運転する車で帰宅。親子で食卓を囲んで遅めの夕食をとります。斉藤さんの表情がようやく和らいだように見えました。

小学2年から金管バンドに親しんできた斉藤さんは、中学2年の時に「全道管楽器個人コンテスト」にアルトサックスで出場し、金賞に輝きました。これが自信につながり、「北海道吹奏楽コンクール」で31年連続金賞(22年8月時点)の遠軽高への進学を決意。2学上の兄も吹奏楽局OBです。斉藤さん以外にも、遠軽高の音楽性に憧れて北見市網走市旭川市などから進学した生徒は多数います。精鋭が切磋琢磨する環境の中で、斉藤さんは「うまくなってきているという実感がある」と喜んでいました。

■野球部

最後は野球部へ。町外に実家のある約50人の生徒を受け入れている専用寮を訪ねました。昨年秋から主将を務める2年生の小野泰雅さん(17)=同管内訓子府町出身=は、試合でも攻守の軸として活躍が期待されている選手です。部内の2年生では唯一、特進クラスに在籍し、国公立大学への進学を目指しています。

小野さんは他の寮生とともに毎朝午前6時半には起床して朝食を済ませ、7時10分ころには登校します。5分ほどで学校に着くと、向かう先は進路指導室に併設された自習室。野球部の練習が終わって寮に戻ってからでは勉強に集中できないため、昨年の夏から毎朝通って自習することにしたそうです。「将来は教員になりたいので、宿題をこなすだけの勉強ではだめと思いました」。

毎日こつこつと続けるのは野球の練習と同じ。小野さんの目には自信がみなぎっていました。「生物基礎」の問題に1時間ほど取り組んだ後、ホームルームの教室に入っていきました。

昼休みには、野球部顧問の家族が手作りした弁当が学校に届けられます。小野さんもしっかりと食べて午後の授業や練習に備えます。この日は定期考査の直前で、野球部の練習は自主練習のみ。学校の敷地外には、2013年の選抜高校野球大会(春の甲子園)に21世紀枠で初出場したのを機に建設された室内練習場があり、多くの選手がここで汗を流します。小野さんは放課後も1時間ほど自習を済ませてから、室内練習場に姿を見せました。練習場は約600平方メートルと広く、同時に何人もの選手で打撃練習が可能。小野さんも同級生たちと打者と投手を交代しながら、バットを振り込みます。「野球漬けの日々を過ごせるのは、後にも先にもこの3年間だけ。一瞬一瞬を大切にしたい」と力を込めます。

主将として、グラウンドだけでなく、寮の中でも選手たちの様子に目を光らせる務めもあります。苦労は絶えないでしょうが、「対話などを通じて前向きに練習に取り組む選手や、寮での生活態度を改める選手が増えると、チームの成長を感じる。今しか味わえない『非日常』の連続が刺激的でうれしい」と小野さんは語ります。「自分たちは恵まれた環境にいる。あとは甲子園に行くだけ」。力強く約束してくれました。

〈取材を終えて〉遠軽高の部活動の強さの背景には、歴代の部員・局員たちが積み重ねてきた実績はもちろん、下宿や寮生活を支援する地元の大きな存在がありました。夢をかなえられる場所をー。生徒たちは、熱い思いを胸に町内外から集まっていることも実感しました。地元の記者として、今後も遠軽高への注目が高まっていきそうだと感じています。

過去にも地元紙「北海道新聞」や朝日新聞が、遠軽高校の部活動の実態を報道してくれたことがあります。それくらい、遠軽高校の部活動の実態は珍しいのだ。なんといっても、北海道の辺境・オホーツク海沿岸に位置していながら、これだけ部活動が活発であるのだから…。

それにしても、今でも美幌町から特急「オホーツク」で通学している生徒がいるとは驚いた。2014年に、遠軽高校に美幌駅や北見駅から特急列車で通学している生徒がいることを知り、題名「遠軽高校の通学に特急列車を利用には驚いた!」という文章を作成したが、近年は高校の近くに吹奏楽局と野球部の寮が完備されたので、もう特急列車で通学する生徒はいないと思っていた。時刻表で調べてみると、美幌駅を6時23分発の特急「オホーツク2号」に乗車して、遠軽駅には7時40分に到着する。帰りは、遠軽駅を19時発の特急「大雪3号」に乗車して、美幌駅には20時17分に到着する。いやはや、大変な重労働で、それくらい遠軽高校に魅力があるというのか。

ということで、今年の入学試験では、定員200人(1学年5学級)に対して志願者は161人であるが、学区外志願者は29人でこの数は2年連続・北海道1位という。しかしながら別の角度から見ると、地元の志願者は132人(町内の中学卒業生は155人)ということになるので、既に現行の1学年5学級から4学級、もうじき3学級で収まることになる。そう思うのは、少子化が想定を上回るペースで進んでいるからで、正直に言えば道外からも生徒が押し寄せてほしい、というのが逸話ざる心境である。