音楽大学は崩壊の危機にあるという

自慢じゃないが、文化・芸術(絵画、彫刻、建築、音楽、演劇・映像)とは一番縁遠い吾輩が最近、新刊書「音大崩壊ー音楽教育を救うたった2つのアプローチ」(著者=名古屋芸術大学芸術学部教授・大内孝夫、2022年6月20日初版発行、発行所=株式会社ヤマハミュージックエンターテイメントホールディングス)を読んだ。著者は、これまでに「『音大卒』は武器になる」「『音大卒』の戦い方」などの著書があり、この分野では有名人のようだ。

それでは、まずは全学生約300万人の約0・5%(約1万5000人)まで減少した音楽大学(25校)の現状を紹介しよう。

○音大の学生数は、2000年の2万2829人から20年度には1万5592人と、この20年で3割以上も減少。男女別の学生数は、2000年から19年度までの20年間で7506人減のうち、男子学生は482人増、女子学生は7988人減で、女子学生は3割どころか4割も減少。これに伴い、音大内の女子学生比率は、約88%から78%へと10%も減少。つまり、問題は「音大生の減少」ではなく、音大生の大多数を占める「音大女子学生の減少」だった。

○一部個別校の定員割れは、平均数字以上に深刻。20年の定員充足率を見ると、21年度から新規学生の募集を停止する上野学園大学の50・0%を筆頭に、平成音楽大学51・3%、東邦音楽大学59・0%、聖徳大学68・5%、エリザベト音楽大学72・8%、くらしき作陽大学75・7%、武蔵野音楽大学82・7%、国立音楽大学83・0%となっており、これらは約770ある大学中、下位100校にランキングされている。

○音大生減少の背景には、1986年に施行された「男女雇用機会均等法」がきっかけで、2000年に入ると一部の企業で「女性総合職」をうまく活用した成功例が出てきたからだ。それによって、女子の大学進学率の上昇、一方で女子の音大生の大幅減少と反比例の関係になった。

以上が現在の音大の現状であるが、もともと音大生の企業就職は少なく、演奏活動や音楽教室の講師をしながら「家事手伝い」として卒業後数年を過ごし、結婚して家庭に入るのが一般的だった。もっと具体的に言えば就職課がなく、あってもほとんど機能していないため、卒業後は「演奏活動」という名の1日1万円にも満たない単発のアルバイトと、飲食業などでのアルバイトを組み合わせて過ごす卒業生が多く、30代になると年齢的にアルバイトの募集が少なくなり、生活に行き詰まって困窮するケースが一般的であった。その結果、音大生募集に大きなマイナスの影響を及ぼし、この20年間で女子学生が約3割も増えたにも関わらず、女子音大生は逆に約4割もの大幅な減少となった。

それでは、日本の義務教育の音楽教育はどうなっているのか。残念ながら「音楽的才能に恵まれない生徒や学生が、少しでも音楽を楽しめる」方向とは逆行し、実際に授業時間は減り、1968年には452時間あった小学校6年間での音楽授業時間数が、92年418時間、02年358時間と約30年で100時間近く減った。中学校の音楽授業もほぼ同じ傾向で、特に2、3年生の時間数は激減し、年間35時間と、週1時間もないありさまである。

次は、同じ文化・芸術の分野である音楽とスポーツの国としての組織、予算、規模を比較する。

○組織→音楽は文化庁の一担当部署。スポーツはスポーツ庁として独立。

○組織・担当部署・庁職員数→音楽は参事官以下19名。スポーツは120名。

○国家予算→音楽は文化・芸術(音楽、演劇、舞踊、映画、アニメーション、マンガ等)合計220億円。スポーツは660億円(オリンピックは1兆円超)

○産業としての市場規模→音楽は約5000億円(楽器など1700億円、音楽ソフト・配信3000億円)。スポーツは約8兆7000億円。

○習い事としての規模→音楽は音楽教室:1200億円。スポーツジム:約5000億円。

それでは一般大学と学費を比較すると、私大音大の多くは充実した設備があり少人数レッスンなどのため、入学金などを含め平均で年間200万円(総額800万円)前後の学費が必要で、一般の文系学部の2倍以上もかかる。そこで、音大生の増加を実現するために目的別コースの設定を提案したい。

①音楽家を目指す、あるいは音楽を専門に学びたい学生向けコース→年間平均学費230万円(卒業まで920万円)

②教員、教諭、保育士などを目指すコース→年間140万円(卒業まで560万円)

音楽教室の先生を目指すコース→120万円(卒業まで480万円)

④音楽総合コース→100万円(卒業まで400万円)

このようなコースを設定する理由は、学費を下げて学生を増やす目的があるが、プロの演奏家になれるのは、どこの音大でも専攻楽器の一人かせいぜい二人、場合によってはゼロという現実があるからだ。

吾輩はこの現実を知って「美術大学と同じだなぁ」と感じるとともに、まだ音大の方が恵まれていると思った。昔、ある美大を卒業した画家(1942年生まれ)と知り合いになった際、次のように語っていたからだ。

「画家を目指す人間が家庭内から出てきたら、親兄弟は大変なことになる。なぜなら、私の場合も一学年200人のうち、2〜3人しかプロの画家として自立できなかったからだ。だから、私も父親と兄には、随分と経済的に負担をかけた」

最後に著者は、音大復活の必要性を次のように説明している。

アジア諸国の台頭が顕著ななか、世界における日本の経済的影響力が急速に弱まるのは、もはや不可避です。

日本がこれまで高い国際的発言力を有し、エネルギー資源などを他国に優先して十分確保できてきたのは、長らくGDP世界第2位、そして今でも第3位の規模を誇る経済力とその原動力となった科学技術力があったからです。

その経済規模が相対的に大幅縮小するわけですから、現在の地位を保つには、それを補完するものがなくてはなりません。経済発展に伴って、各国の科学技術力も向上しますから、これだけで不足分を補うのは不可能です。いずれ日本の国際的地位低下に伴う円安と交易条件悪化のダブルパンチによって物価は上がり、必要な物資も入って来なくなることは避けられません。

そうならないために、経済的地位低下を補完するものは何か?それが文化国家として成長することで、たとえば音楽や美術の分野でアピールし、世界の中での発言力を高めることです。

そのためには日本の音楽文化のすそ野を広げる役割を担う人材や、国際的にきわめて高いレベルで活躍する多くの音楽家を育成する必要があります。しかし崩壊寸前の音大単独でそれを担う能力はありませんし、ましてや崩壊してしまってはまったく手が付けられなくなります。ー

「芸術にはメッセージがある」というが、多くの文化や芸術に縁遠いみなさんは、どう思われますか。