日米中にとって地政学的に重要な台湾

近年、米中対立の激化と「台湾有事」の危機が高まっているが、台湾が地政学的に重要な島であることは認識していたものの、これまで一度も台湾そのものを取り上げたことはない。そうした中、3月27日付「産経新聞」の正論欄に、同志社大学特別客員教授笹川平和財団常務理事・兼原信克のタイトル「いま日本にとって台湾とは何か」が掲載された。

〈自由に対する中国の焦り〉

去る2月、台北蔡英文総統にお会いし、能登地震への心温まる25億円の支援についてお礼を申し上げた。蔡総統は、米中大国間競争時代という台湾にとって極めて困難な時代に現実主義の立場に徹し現状維持を唱え、2期8年にわたり台湾海峡の静けさを守ってきた。「閣下のような優れた指導者をもったことは、台湾にとってのみならず、世界にとっても素晴らしい僥倖でした」と申し上げた。

台湾は、李登輝総統という天才を得て見事に民主化し、自由の島へと変貌した。若人の間に自由台湾というアイデンティティーが育っている。チベット、新疆ウイグル内モンゴルという少数民族問題を抱える中国はいらだちを抑えきれない。昨今、中国が、中華人民共和国が国連代表権を回復した第26回国連総会2758号決議に言及して、中国は一つであり、台湾は中国のものであるとのキャンペーンを張っているという。

この決議は国連で中国と名札のついた椅子に誰が座るかを決めた決議で、台湾という島の領有権に関する決議ではない。中国の焦りが見える。台湾有事の暗雲も垂れ込めた。日本にとって台湾とは何か。もう一度、確認するときである。まず台湾が歴史的に中国の島であるという主張は、単純に事実に反する。台湾は長い間、陸のアジアの狭間にある地政学的要塞であった。陸のアジアとは、明朝及び清朝である。海のアジアとは、かつて地球を制覇した欧米列強のことである。

〈日本との歴史的関係〉

16世紀まで台湾にはマレー系住民がバラバラに住み着いていた。沖縄の南側に台湾、ルソン、ミンダナオ、カリマンタン、スラウェシと続く列島線は、海洋民族だったマレー系の人々の島だった。16世紀くらいから福建省漢人客家が台湾西部の平野に少しずつ住み着いていった。この頃、明の支配が台湾に及んだことはない。

大航海時代には日本、中国への交易に至便な台湾島に欧州勢が目を付けた。海のアジアが陸のアジアを圧する形で台湾の歴史が始まる。最初に台湾に根を張ったのはインドネシアバタビアに根拠を置いていたオランダである。そこに満州族に追われた明の皇子が逃げ込んでオランダ勢を駆逐する。この明残党を平らげ、初めて清朝の影響力が台湾に及ぶ。だが北方馬賊満州族が建てた清朝は台湾に強い関心を持たなかった。

19世紀に入ると、産業革命を成し遂げ一気に国力を上げた欧州勢が大清帝国を解体していく。ロシアはアムール川以北及び沿海州を奪い、英国はアヘン戦争で香港を奪い、フランスは清仏戦争ベトナムを得た。フィリピンはスペイン領から米国領に移った。明治日本は琉球支配を確立していた。

「大清帝国が解体されていく過程で、台湾は誰かのものになる」。そう強く危惧したのは井上毅である。欧米視察に随行してその軍事力、産業力に圧倒された井上は、牡丹社事件大久保利通と北京に赴いた後、大清帝国の凋落を確信したはずである。井上は、東シナ海南シナ海を結ぶ台湾島は、海軍戦略上、あるいは、通商戦略上、最重要な拠点となることを見抜いていたのである。

日清戦争は、朝鮮半島を巡る戦いであった。辛勝した日本は、朝鮮の独立を勝ち得るが、遼東半島は三国干渉で放棄させられ、直ちにロシアに奪われた。人々の目が朝鮮半島遼東半島に釘付けになっているとき、井上毅が、南方の台湾領有を強く進言し、台湾は日本領となった。結局、中国が台湾を支配したのは、17世紀末から19世紀末までの200年間に過ぎなかった。当初、果敢に抵抗した台湾住民を鎮圧した日本は、その後の統治で、インフラ整備、国民教育で実績を上げていった。

〈21世紀の自由主義哲学〉

日本敗戦後、中国には中華人民共和国が建国され、台湾に入城した蒋介石の命運は風前の灯火であったが、朝鮮戦争勃発で米国が台湾を西側の防衛圏に組み入れた。大陸反攻を目論む蒋介石国共内戦の混乱を台湾に持ち込み、苛烈な独裁支配を敷いた。数万人を犠牲にする暴動が起き、残虐に鎮圧されている。しかし、息子の蒋経国が台湾の経済発展に道筋をつけ、続く李登輝が台湾を見事に民主化した。日清戦争以来、大陸中国と全く異なった歴史を歩んできた台湾は、見事に繫栄する自由の島となった。今やその人口は2300万人を数え、GDPはG20サイズの堂々とした大国である。

今日、日本にとっての台湾の重要性は明白だ。台湾は自由の島であり、かつ、地政学的な要塞であるということである。1970年代に作られた「一つの中国」という命題は今も厳然としてある。しかしそれは事実上、北京と台北に分断された中国の現状を維持することが前提だ。台湾海峡の平和が前提なのである。21世紀の私たちの自由主義哲学は、住民の自由意思に統治の正統性を置く。台湾問題の解決は平和的なものでしかありえない。それを可能とするのは、おそらく中国の民主化だけであろう。

この記事は、短文にも関わらず見事に台湾の歴史、そして台湾の地政学的な価値を説明しており、多くの人に読んでもらいたいので取り上げた次第です。そして台湾を巡っては、米国家情報長官室は昨年3月の報告書で、中国軍が2027年までに台湾侵攻のための軍備を完了するとの見通しを示していることを押さえておきたい。

ところで、台湾の地政学的な重要性は理解するが、果たして軍事的にはどのくらい重要な島であるのか。中国は対米をにらんだ安全保障戦略上、米軍を中国本土に接近させないために、台湾とフィリピンの間にあるバシー海峡南シナ海を重視し、2014年の初めごろから南シナ海のスプラトリー(南沙)諸島にある7つの岩礁で人工島の建設を始めた。南シナ海は水深が深く、原子力潜水艦の配備や作戦にも適しているからだ。

そうした現状の中で「台湾有事」が起きると、まずは日本にとって重要なシーレーン(海上交通路)であるバシー海峡を自由に通過できなくなり、中東諸国から原油やLNG(液化天然ガス)を我が国に輸送する際に、大回りしてロンボク、オンバイ、ウェタルといった海峡を使用せざるを得なくなる。その結果、日本企業にとっては輸入コストの増加につながり、日本経済に大きな影響を及ぼすことになることは誰でも理解できる。

だが、本当に暴力的な手段で中国軍が台湾に上陸侵攻したらどうなるのか。軍事専門家たちは、その前に中国軍は軍事演習を連発し、台湾や日本の航行を妨害し、物流を遮断するなどして台湾を海上封鎖する戦略を採用するという。そういうことで、米国は台湾、日本などとともに中国の潜水艦を攻撃して対抗するため、中国は海上以外でも南西諸島や台湾などを射程に収める地上発射型中距離弾道ミサイル保有を急速に進めている。そして、もしも中国軍の台湾上陸が完了するとバシー海峡を押さえることになるので、水上艦艇や潜水艦は自由に太平洋に出られるようになる。そうなれば、時機に伴い台湾東部地域に軍港を整備することになるので、日米は中国の潜水艦の動きを把握するために新たな対応が求められる。

そのほかにも、経済的には今や世界の「戦略物資」と言われている「半導体」の生産と技術流失で大変なことが起きる。皆さんご存じの通り、台湾には世界トップに君臨する半導体メーカー「TSМC」を始め、半導体大手「PSМC」などが存在しているが、それらが全て中国の支配下に入り、TSМCが保有する最先端の製造プロセスが掌握されることになる。

要するに、ロシア海軍が太平洋の広大な海域に出る際には、日本の宗谷・津軽対馬3海峡という領海を通過しなければならないし、中国軍も太平洋に出る場合には、バシー海峡沖縄本島宮古島の間の宮古海峡を南下しなければならない。そういう意味で、中国海軍はこれらの海峡をこじ開けたいし、日米は中国の艦艇を東シナ海南シナ海に閉じ込めたいという軍事戦略に至っている。

ここまで台湾を軍事的な側面から説明したが、本来は「自由主義台湾」を愛している台湾人を守ることが、最も重要なことなのかもしれない。なぜなら、中国では人権のために活動している弁護士に対して弾圧し、香港ではメディアへの締め付けが強まっているので、自由主義を国家の柱に据えている日本としては、絶対に人権侵害に目をつむることは許されない。そういうことで、日本の陸自も2016年以降、与那国島宮古島石垣島先島諸島に駐屯地を相次いで開設し、さらに南西地域の防衛力を強化(2026年度に予定する陸自第15旅団〈那覇市〉の師団化に加え、地対艦ミサイルや電子戦の部隊配置などを進める)してきている。この抑止力を高める動きの背景には、中国側が「台湾有事」を起こすのを踏みとどませる戦略であり、結果的にこの地域の平和に貢献することに繋がると確信しているからだ。