いよいよ、7月26日からパリ五輪が始まるが、その直前に「女子走り高跳び」で37年ぶりの世界新記録、そして日本でも「女子800㍍」で19年ぶりに日本新記録が樹立された。しかしながら、陸上競技は個人競技のためか、メディアも余り大きく報じないことから、このビッグニュースを知らない人が意外に多い。それだからこそ、陸上競技の記録が如何に価値があるかを知ってもらうため、新記録達成に至る動きなどを紹介するのだ。
ということで、まずは「女子走り高跳び」の世界新記録を新聞の中で詳しく報道してくれた「朝日新聞」と、陸上競技専門誌「月刊陸上競技」(8月号)の記事から紹介する。
◎7月8日付「朝日新聞」(夕刊)
〈「あきらめない」戦禍の祖国に示した/女子走り高跳び37年ぶり世界新ーウクライナ・マフチフ選手〉
陸上の世界最高峰シリーズ、ダイヤモンドリーグ第8戦が7日、パリであり、女子走り高跳びでヤロスラワ・マフチフ(ウクライナ)が2㍍10の世界新記録を樹立した。従来の記録はステフカ・コスタディノワ(ブルガリア)が1987年に跳んだ2㍍09。試合後はロシアによる侵攻が続く母国とパリ五輪への思いを語った。
大きく腕を振った助走から勢いよくジャンプし、体を反らした。振り上げた両足はわずかにバーへ触れたが、落ちない。マットから飛び降りると、手で顔を覆って喜びを爆発させた。
ウクライナ国旗を肩にかけ、報道陣の取材に応じたマフチフは、「この世界記録はウクライナのため。決してあきらめず、(戦争が)終わるまで戦うことを示したかった」と話した。
ウクライナ中部ドニプロ出身。侵攻が始まった2022年2月24日は爆撃音で目を覚ました。車で3日間かけて母国を脱出。欧州各国で練習を続け、昨年の世界選手権(ブダペスト)では初優勝を果たした。
マフチフはウクライナ国旗と同じ青と黄色のアイメイクをして試合に出場している。「多くの人が私がウクライナ出身だと気づいて、(母国の)状況を尋ねてくれる。ウクライナでの戦争について忘れられないように話をしています」
現在はエストニアで練習を続ける。優勝した昨年の世界選手権前にも拠点とし、自分に合った場所だと感じているからだ。
26日に開幕するパリ五輪は自身初の金メダルを目指すとともに、使命感を背負って臨む。「かなりのプレッシャーを感じている。多くの人が見る五輪は、戦争が続く中で、私たちは戦い続ける、私たちは強い、というメッセージを伝えるよい機会だから」
◎7月13日発売の「月刊陸上競技」(8月号)
〈2種目で世界新誕生!/女子走高跳ーマフチフ2m10!、37年ぶり歴史塗り替える〉
2024ダイヤモンドリーグ第8戦のパリ大会が7月7日、フランスの当地で行われ、2種目で世界新記録が誕生して五輪へのムードを一気に加速させた。
最初の快挙は女子走高跳。昨年のブダペスト世界選手権金メダルのヤロスラワ・マフチフ(ウクライナ)が、優勝を決めた後に世界歴代6位タイの自己ベストを1㎝上回る2m07に成功すると、バーを2m10に上げる。1987年ローマ世界選手権でステフカ・コスタディノワ(ブルガリア)が作った世界記録2m09を1㎝上回る高さを、バーを揺らしながらも一発でクリア。37年ぶりに歴史を塗り替えた瞬間、スタジアムは大歓声に包まれた。
自らもマットを飛び降り、全身で喜びを表すと、コーチと抱き合って感慨に浸る。「信じられないようなジャンプだったし、初めての挑戦で成功したので素晴らしいこと。本当に信じられません」と振り返った。
「コーチからは『オリンピックが近づいているからやめたほうがいいかもしれない』と言われました」と明かし、「もちろんそっちのほうが大事だけど……」とマフチフ。だが、この日はスピードあふれる助走から、踏み切ってからの勢いが非常に素晴らしかった。「心の中ではできると感じたし、正直に言うと、世界記録に挑戦したかった。だから挑戦しました」。
18歳だった19年ドーハ世界選手権ではU20世界記録の2m04をクリアして銀メダルに輝き、19歳だった3年前の東京五輪は銅メダル。翌年のオレゴン世界選手権銀を経て、昨年のブダペストで頂点に立った。世界記録を手に入れ、残るは五輪タイトルのみ。「オリンピックを楽しみにしているし、素晴らしい大会になると確信しています」とマフチフは、名実ともに世界一を手に入れるために最後の準備に入った。
◎7月16日付け「読売新聞」(夕刊)
〈16歳久保、日本新、女子800〉
陸上女子で大阪・東大阪大敬愛高2年の久保凛が15日、奈良県立橿原公苑陸上競技場で行われた記録会の800㍍に出場し、1分59秒93の日本新記録を樹立した。2005年に杉森美保が出した従来記録(2分0秒45)を19年ぶりに塗り替え、初の2分切りを達成した。久保は6月末の日本選手権で、自身のU18(18歳未満)日本記録を更新する2分3秒13をマークし、田中希実(ニューバランス)ら実力者を抑えて初優勝。この日は自己記録を3秒以上縮めた。いとこはサッカー日本代表の久保建英(レアル・ソシエダード)。
ー初の2分切りー
16歳の久保が、日本の女子800㍍で初めて2分の壁を破った。
6月30日に2分3秒13の自己ベストで日本選手権を制してから、約2週間。今回、大舞台とは言えない記録会で日本記録を達成したところに、潜在能力の高さを感じさせる。今年5月には国内トップレベルの静岡国際、木南記念も制しており、着実に実力をつけていることを印象づけた。
日本選手権の後には「世界は当たり前のように2分を切っているので、その差を縮められるように来年は1分台を目指す」と話していた。成長速度は、本人の予想を上回っているのかもしれない。1分59秒台は主要な国際大会で予選突破が可能なレベルで、伸びしろを考えると、今後も記録の向上が期待される。
和歌山県出身。この種目は日本勢の停滞が続き、日本女子が五輪に出たのは2004年アテネ大会が最後で、自身もパリの切符はつかめなかった。来年の世界選手権(東京)、28年のロサンゼルス五輪に出場し、世界で戦っていきたい。
まずは、陸上競技(全48種目)の世界記録を古い順から並べると、
①1983年7月26日⇒女子800㍍(チェコスロバキア)
②1985年10月6日⇒女子400㍍(東ドイツ)
ということで、今回取り上げる「女子走り高跳び」も6番目に古い記録である。つまり、ここに挙げた世界記録は全て20世紀に樹立されて、全てソ連・東欧諸国の選手ということで、当然の如くドーピング(禁止された薬物や手法を用い、競技能力を不正に高める行為)が疑われている。そのため「女子走り高跳び」の世界記録も、当然のことながら疑わしい記録と言えるのだ。ちなみに、東西冷戦時代最後の1988年開催のソウルオリンピックでは、ドーピング大国のソ連・中国・東欧などの社会主義諸国の活躍が目立ち、金メダルの241個のうち130個をそれらの国が占めた。それにしても既に40年以上も経過した世界記録もあり、いつになったら塗り替わるのか、という心境である。
そもそも陸上競技は、身体能力の高い生身の肉体が記録に挑戦する競技であるので、吾輩は昔から「スポーツの王様」と考えてきた。そういうことで、いまだに陸上競技の世界記録が、禁止薬物使用が疑われているソ連・東欧諸国の選手たちが保持していることは許されないのだ。その理由として、スポーツで最も重要なことは「自分の身体の力で成し遂げること」で、それは「公平性」や楽しみに繋がるからだ。その意味で、不正行為で成し遂げたソ連・東欧諸国の記録は、一刻も早く正当な選手によって塗り替えてほしいのだ。それが実現して始めて、選手たちは真っ当な記録に挑戦したいという気持ちが沸き起こってくる。
後者の「女子800㍍」に関しては、さっそく15日の夜に動画を見たら、雨上がりのグランドを身長1・67㍍の16歳の少女が、最初から7人の選手を引き連れて、400㍍を58秒、そして600㍍を1分28秒で通過して、そのまま2分を切ってトップで駆け抜けた。大会では、場内放送がラップタイムを教えてくれたし、ゴール付近にタイム計器が設置されていたので、ゴールするとすぐに日本人初「2分」切りの日本記録が樹立されたことがわかった。
というわけで、陸上競技での世界新や日本新が樹立した瞬間は格別であるからこそ、薬物ドーピングが疑われている20世紀の世界記録を、一刻も塗り替わってほしいのだ。それが実現すれば、現在の「記録に挑戦する意欲を失った」ような状態から多くの選手が正当な記録に挑戦することになり、我々は数多く感動する場面に出くわすであろう。