新聞の東京五輪報道には問題あり

新聞の東京五輪報道に問題があるので、もう一本五輪関連で書くことにした。それは、吾輩が購読している朝日・読売・産経各新聞が、世界が注目する競泳競技や世界新記録が誕生した陸上競技、そして関心を持っていたウエイトリフティングに関して、全く解説報道がなかったからだ。

そこで地元図書館に赴き、購読以外の新聞、毎日・日本経済・東京各新聞を見て、吾輩が知りたい解説記事を探した。その結果、意外なことに日本経済新聞が、吾輩が一番知りたい解説記事を掲載していた。

日本経済新聞夕刊(8月2日付け)

見出し〈競泳女子の良きライバル、中長距離4種目分け合う〉

競泳女子の中長距離自由形を長年引っ張り、過去2大会で5個の金メダルを獲得していたレデッキー(米国)に強力なライバルが現れた。1日まで行われた全日程で、2016年リオデジャネイロ大会に並ぶ4冠を狙った24歳の女王の行く手を阻んだのは、4歳下のティトムス(オーストラリア)。お互いに2冠ずつ持ち帰った2人は「尊重し合っていつまでも戦い続けたい」とお互いの存在を歓迎する。

今大会最初の対決は7月26日の400㍍自由形決勝だった。序盤から前回覇者のレデッキーが先行するも、300㍍あたりから情勢が入れ替わった。スピードが落ちていく女王と対照的にティトムスが一気にギアチェンジ。競り合いを制して五輪初の金メダルを手にし、「偉大な選手に勝ててうれしい」と初々しくはにかんだ。

28日には200㍍でもティトムスに軍配があがり、その約1時間後に行われた1500㍍ではレデッキーが底力を見せて優勝した(ティトムスは出場せず)。最終対決となったのが31日の800㍍。5日前に失速したミスを挽回するように最後までリードを守り切り、この種目3連覇を達成した。

15歳で出場した12年ロンドン大会でいきなり800㍍を制し、競泳大国・米国のスターとなったレデッキー。リオ大会では400㍍、800㍍の世界記録をマークし圧倒的な強さを誇った。ただ、年齢を重ねるうちにタフな体も少しずつ衰え、「痛みがあるし、レース中に沈みかけてペースを崩している」と感じたこともあったという。

そんなときに現れたのがティトムスだ。ここ数年で急成長を遂げ、19年世界選手権400㍍自由形で優勝した新星にレデッキーは大きな刺激を受けたという。「お互いを励まし合ってここに参加することを夢見てきた」。31日の記者会見では何度も尊敬の意を口にし、ティトムスもそんな女王に憧れのまなざしを向けた。

五輪3大会出場のベテランとはいえ、まだ24歳。東京での戦いを終えたレデッキーは好敵手の存在を意識し、今後に向けて壮大な夢を語った。「少なくとも24年パリ大会まで出場したい。28年の五輪はロサンゼルスで、32年は彼女の地元ブリスベン。そこだとかなり先で『ノー』と言ってしまうかもしれないけど、一歩ずつ着実に練習しながら様子を見るわ」

日本経済新聞夕刊(8月4日付け)

見出し〈中長距離3冠へまず5000Vーハッサン、1500予選転倒も1着〉

陸上のトラック種目で注目のランナーがまず1つ目の栄冠を手にした。シファン・ハッサン(オランダ)が、2日に行われた女子5000㍍で五輪初の金メダル。周りの様子をうかがいながら後方でレースを進め、最後の1周で5番手からバックストレートでごぼう抜き。「私が強かったというよりラッキーだった」と控えめに喜んだ。

1500㍍と1万㍍の3種目にエントリーして中長距離3冠を目指す28歳。見る者に衝撃を与えたのは同日午前に行われた1500㍍予選だった。残り1周を切って転倒した選手に巻き込まれて自身も転倒。だが、すぐに立ち上がって猛追し、最後の直線で先頭へ。結局11人を抜き去って1着で予選を通過した。脚も腕も痛めて半日後の5000㍍だっただけに、「体中が痛くて疲れていたが、大きなドラマがあった。いいことがあってよかった」。

15歳でエチオピアからの難民としてオランダに渡り、2016年に大迫傑も所属していた米国のナイキオレゴンプロジェクトに参加した。チームが解散してからは米国にとどまってトレーニングをしていたが、昨年は新型コロナウイルス禍でオランダやスイスで調整。リモートでコーチの指導を受けてきたという。

19年世界選手権では史上初の1500㍍と1万㍍の2冠を達成。中距離から長距離までこなすマルチランナーとして世界に名をとどろかせた。今季は6月に1万㍍で世界新記録となる29分6秒82をマーク。2日後にレテセンベト・ギディ(エチオピア)に更新されたが、たぐいまれなスピードとスタミナを持ち合わせる。

異例の3種目の挑戦について「多くの人はクレージーじゃないかと思っていると思う。でも私はやりたい。人生は金メダルや勝つことじゃなく、やりたいからやっている」と言い切る。1500㍍は4日夜に準決勝、6日に決勝を控え、7日に1万㍍と続く。暑さや過密日程を克服して3冠なるか。

日本経済新聞夕刊(8月4日付け)

見出し〈トンプソンヘラ2大会連続2冠ー女子100・200で初「本当にうれしい」〉

偉業を成し遂げた。3日に行われた陸上女子200㍍を制したトンプソンヘラ(ジャマイカ)はリオデジャネイロ大会に続く短距離2冠。100㍍、200㍍の2種目を2大会で制するのは女子では初めてだ。男子で3大会連続2冠の同胞、英雄ボルトに続く快挙を、世界歴代2位の21秒53で達成。「いいレースができた。本当にうれしい」。ゴールすると舌を出し、静かに喜びを表現した。

ライバルのフレーザープライスらとトップを争いながらカーブを抜ける。直線に入ってからが見せ場だった。別格のスピードで軽やかに周囲を引き離した。ジャマイカ記録を0秒11更新し「(世界記録でもある)五輪記録には届かなかったけど、国のレコードを出せた」とうなずいた。29歳で絶頂期にある。

2018年には脚を痛めた。困難を乗り越え、さらに強くなって五輪へ戻ってきた。陸上の個人種目で金メダル4つを手にした女子は史上初めて。東京のトラックであおむけとなり「大きな意味がある」という勝利の味をかみしめた。

日本経済新聞朝刊(8月5日付け)

見出し〈マクラフリン世界新Vー新旧対決「全て出し切った」〉

4日に行われた女子400㍍障害決勝でマクラフリン(米国)が自らの記録を0秒44縮め、51秒46の世界新記録で金メダルを獲得した。

新旧の世界記録保持者対決は期待通りの高速レースで決着した。6月に51秒90の女子400㍍障害世界記録を出した21歳のマクラフリンが、リオデジャネイロ五輪女王で31歳のムハンマドを破った。自らの記録を0秒44短縮して金メダルとなり「全てを出し切った」と歓喜に浸った。

17歳になったばかりで出たリオ五輪は準決勝止まり。昨年「自分のことを理解してくれる」と、フェリックス(米国)らを指導するコーチに師事すると記録が一段と伸びた。終盤までリードを許したが、最後の直線で懸命に脚を動かして19年世界選手権(ドーハ)では倒せなかった米国の先輩の前に出た。

男子400㍍障害でワーホルム(ノルウェー)が45秒94の世界記録を樹立するなど、不振の日本勢を尻目に短距離種目で快記録が続出している。2位のムハンマドも従来の世界記録を上回る好タイムで、「反発力がある」と東京のトラックへの好印象を口にした。

高め合う2人は静かに抱き合った。「次のレースへのモチベーションになる。まだこれで終わりじゃない」とムハンマド。陸上大国のライバル関係は、まだ続きそうだ。

⑤読売新聞夕刊(8月5日付け)※日本経済新聞にも良い解説記事があったが、読売新聞を採用した。

見出し〈「五輪史上最高」驚異の世界新ノルウェー、ワーホルム〉

陸上の男子400㍍障害で驚異的な世界新が誕生した。カーステン・ワーホルム(25)(ノルウェー)が自身の世界記録を0秒76更新する45秒94で、金メダルに輝いた。2位の米国選手も従来の記録を上回っており、ワーホルムは「五輪の歴史で最高のレースだったと思う」と胸を張った。

3日の決勝。号砲前、体をバシバシたたき、気合を入れた。終盤、ライ・ベンジャミン(25)(米)に追い上げられたが、腕を激しく振り、10台目のハードルで突き放した。「最後は足の感覚がなかった」。この種目で母国に初の金メダルをもたらした。

世界記録は1992年バルセロナ五輪で、ケビン・ヤング(米)が出した46秒78が長く残っていた。ワーホルムは2019年に46秒92まで迫り、今年7月、29年ぶりに記録を塗り替える46秒70をマーク。今回、さらに大幅に更新した形だ。

世界陸連の基準表によると、男子100㍍では9秒62に換算され、ウサイン・ボルト(ジャマイカ)の世界記録9秒58まであと一歩のタイムになるという。ワーホルム自身、10歳代の頃は混成競技が専門で、400㍍障害に絞ったのは約5年前。以来、毎年記録を縮めており、「厳しいトレーニングをしてさらに上を目指したい」と記録更新を意欲を見せた。

日本経済新聞夕刊(8月5日付け)

見出し〈世界記録を更新2位と47㌔差ー男子重量挙げタラハゼ〉

世界一の力持ちの称号は不動のものだ。4日に行われた重量挙げ男子の最重量級、109超級はラシャ・タラハゼ(ジョージア)が2位に47㌔の大差をつけ、トータル488㌔で五輪2連覇を達成。スナッチ、ジャーク、トータルの全てで自身の世界記録を塗り替え「国歌が流れる瞬間は最高に誇らしい」と胸を張った。

まさに一人旅だった。後半のジャークでは他の選手が全試技を終えてから1本目に登場し、誰より重い245㌔をあっさり挙げて優勝決定。次は255㌔を成功させ、最後はジャークの自己ベストより1㌔重い265㌔。これを気合の声とともに頭上で受け止め、合計3㌔も世界記録を更新した。

ジョージアは柔道などの格闘技が盛んで、大相撲の元大関栃ノ心や元小結の黒海らを輩出した力自慢の多い国だ。「もちろんみんなわが国のヒーロー。臥牙丸のことも知っている。初めて日本に来たが、ここで勝てて誇らしい」と笑った。

まだ27歳。パリ五輪を目指すか問われると即座に「もちろん」と応じた。ただ自身が2013年から2年間の制裁を受けたように、競技全体にドーピングがまん延した経緯から、パリで実施競技から除外される可能性もある。リフターの頂点に立つ男は「問題があることは分かっている。でも古代からある重量挙げがなければ五輪ではない」と訴えた。

ということで、世界が注目した競技の解説記事を紹介した。しかし、今大会では、五輪の中心的な競技「陸上競技」で、3つの世界記録が誕生したが、女子三段跳びだけは、どの新聞にも解説記事が掲載されなかった。女子三段跳びは、ユリマール・ロハス(ベネズエラ)が、26年ぶりに15㍍67の世界記録を樹立した種目にも関わらず、どの新聞からも解説記事がなかった。どういうことか(怒)。

それにしても、まさか経済紙の雄である「日本経済新聞」(昔は「東京新聞」が一番充実していた)が、一番バランスの取れた解説記事を掲載するとは、想像もしていなかった。逆にいうと、それ以外の新聞は、熱心な読者を愚弄した記事しか掲載しなかったということだ。

各新聞社は、日本選手の感動的なメダル獲得のシーンだけ報道すれば、素人の読者は満足すると考えたのではないか。そうでなければ、やたらに日本選手のメダル獲得の写真を大きく掲載して、世界最高峰の戦いや、世界のスーパースター選手の活躍をカットすることもなかったは筈だ。

以上のように、伝えられるべき情報が十分伝えなかった背景には、構造不況化にある新聞の部数激減による経費削減で、専門知識が十分でない記者が一線に投入されたのではないか。中身のある記事を書くためには、基本的なトレーニングを積む必要があるし、長年の取材が必要な「知識集約的な労働」であるからだ。つまり、若手記者でも書ける解説記事で“よし"という感じになっていたのではないか。

さらに、情報発信基地である新聞社は、日本選手の活躍ばかり報道するのではなく、世界が海外選手をどう報じているかをもっと報道してほしかった。そして、吾輩のような熱心な読者は、競技種目の注目点、金メダル獲得者の競技歴、新記録の価値、そして深層に迫る解説記事を期待していることを忘れないでほしい。