再び金正恩政権の崩壊を考察する

ロシアのプーチン大統領は、6月19日未明に2000年7月以来、約24年ぶりに北朝鮮を訪問した。そんな中、同日付「産経新聞」は正論欄で、龍谷大学教授・李相哲(1959年中国・黒竜江省生まれ)の見出し「金正恩政権の崩壊視野に対応策を」を掲載した。

この頃の北朝鮮金正恩総書記がやっていることや打ち出す政策はどう考えてもおかしい。今年1月に開かれた最高人民会議での施政演説で「わが民族史から『統一』『和解』『同族』という概念自体を完全に除去する」とまくし立て、韓国への攻勢を強めている。ミサイル発射は常態化し、最近も韓国にゴミ付き風船を大量に送り付けるなど挑発を繰り返す。

また、まねしていた祖父の金日成に対する態度を一変させた。政権を受け継いだ直後には遺体安置所を頻繁に参拝したが、今年は行っていない。ただの怠慢か、意図的なのかは不明だが、先代の陰から脱して新時代の到来を演出するつもりなのかもしれない。

それを自信の表れとみるべきか、危機を乗り越える苦肉の策か評価が分かれようが、筆者は、正恩体制は崩壊過程にあり、崩壊を食い止めようともがいているのではないかとみる。

〈正恩政権12年は失敗の連続〉

金正恩氏は労働党第一書記に就任した直後の2012年4月の演説で「二度と人民が(飢えで)ベルトを締めるようなことはさせない」と宣言、経済の立て直しに取り組む姿勢を見せた。経済開発特区を20カ所つくると発表、海岸観光リゾート地区開発に着手したが、いつの間にか特区の話は消え、開発事業も頓挫した。

アジア最大級といわれた正恩氏肝いりの馬息嶺スキー場は、わずかにロシア人観光客が訪れただけで閑古鳥が鳴く状態。コロナ禍の中、平壌に建てると号令をかけた総合病院も、その後どうなったのか確認できない。昨年の経済成長はマイナス6・2%を記録した。

軍事分野も危なっかしい。軍事偵察衛星打ち上げでは4回のうち3回は失敗したが、問題なのは衛星の技術レベルだ。韓国軍によれば、「軍事的に利用できる性能は全くない」。在来式武器はより深刻な状態だ。ウクライナ軍当局によれば、北朝鮮がロシアに提供した砲弾は不発や砲身内で爆発する不良品が多く、弾道ミサイルも半分以上は発射後に目標に向かって飛ばず、空中で失踪した。

〈体制支える3本柱崩壊中〉

正恩体制が崩壊過程に入っていると考える理由は、このような経済運営の失敗などからではない。北朝鮮体制を支えてきた「配給制度」「洗脳教育」「恐怖政治」の3本柱が崩れつつあるからだ。

まず配給制度。北朝鮮住民が体制に臣従し、首領を崇める理由は根本においては配給制度のおかげと言ってよい。それが崩壊した。

韓国統一部が実施した正恩政権誕生後に脱北した約6千人の調査によれば、7割が国から配給をもらった経験がない。人民軍に対しても食糧配給を減らし、兵士の半数近くが栄養失調に陥っているとの国連報告もある。現在、軍の中核をなす20、30代の若者は配給制度などの恩恵を受けず、労働党や正恩氏と連帯感はなく体制に対し忠誠心を持たないと言われる。

次に洗脳教育。北朝鮮当局は住民を外部の世界から孤立させるため鉄の壁を作り、情報を遮断してきた。金一族の独裁が70年以上持ちこたえた理由は、徹底した情報統制にあったと言ってよい。

当局は、保育園の頃から住民を各種組織に従属させ、首領を崇め、首領のために行動するように強要。学校、職場、家庭でも首領唯一思想(主体思想)という統治理念を注入できるシステムをつくり、住民を教化し、洗脳してきた。それが崩壊中だ。

携帯電話をはじめ便利なデジタル機器の普及で住民の多くが外部情報に接する手段を手にしたからだ。前出調査では8割が外部から入ってきた映像を見たことがあると答えた。

いま、正恩政権を支える手段として残されたのは恐怖政治だけだ。それがいかに残忍で過酷なものかは、北朝鮮の新聞を読むだけでも確認できる。北朝鮮内部事情に詳しい外貨獲得機関39号室の元幹部の李正浩氏によれば、正恩氏は自分の指示を「絶対的」とし、貫徹しなかった場合、容赦なく処刑した。スッポン養殖場の視察の際、スッポンの一部が死んでいることに、支配人が「停電が多いから」と言い訳をすると、その場で処刑したという例も。

〈恐怖統治も効かなくなった〉

ところが、最近では恐怖統治もうまく機能しないという実態が浮き彫りになった。昨年夏、水害対策を怠り、穀倉地帯の干拓地で水田の冠水を招き、食糧生産に大きな支障を来したとして金徳訓首相に罵詈雑言を浴びせた。それを労働新聞に掲載させておきながら、首相を粛清しなかった。正恩氏が「太っ腹政治」をやるようになったという評価もあるが、北朝鮮のような独裁体制では、間違いなく権威失墜につながるだろう。

北朝鮮がロシアに急接近し、武器提供の代価として食糧問題やエネルギー問題を解消したとしても、支えてきた3つの柱が折れれば体制は崩壊する。

北朝鮮では確実に構造的変化が起きている。日本は、正恩体制の崩壊を視野に、政策と対応策を練る必要があるのではないか。

この文章を読んだ賢人の中には、2月6日付でも「北朝鮮崩壊」に関連する文書を書いているので、またかと感じた人もいると思う。確かに「北朝鮮崩壊」に関しては、1991年の旧ソ連崩壊によって北朝鮮に対する軍事・経済支援は大幅に縮小したことで、近いうちに「北朝鮮も崩壊する」という報道が多かったし、吾輩も同じように感じていた一人である。ところがどうしたことか、90年代の中頃には国民の生活が成り立たず、餓死者が数万人、多い数では300万人という情報がある中で金正日体制は崩壊せず、依然として「朝鮮民主主義人民共和国」という国家が存在している。

そういうことで、吾輩も北朝鮮情報を得るために積極的に諸々の手段で情報の入手に努めているが、特に李氏のユーチューブチャンネル「李相哲テレビ」は積極的に見ている。したがって、取り上げた文章の中身は、おおかた聴取した内容である。その中で、北朝鮮体制を支えてきたのが「配給制度」「洗脳教育」「恐怖政治」という部分に関しては、同チャンネルに出演したコリア国際研究所長・朴斗鎮(1941年大阪市生まれ)が解説して「この3本柱が崩壊したので、いずれ崩壊するであろう」という話であった。

そんな中、プーチン大統領が訪朝した19日、プーチン金正恩の両首脳は、どちらか一方が武力侵攻を受けた場合、相互に支援する条項などを盛り込んだ「包括的戦略パートナーシップ条約」を締結した。この条約締結の背景として、米国のブリンケン国務長官は、プーチン氏がウクライナ侵略の継続に必要な武器を提供できる国々との関係強化に「死に物狂いになっている」と指摘している。

過去のロ朝関係を振り返ると、61年に旧ソ連北朝鮮は、有事に相互が軍事介入する条項が盛り込まれた「友好協力相互援助条約」を締結したが、旧ソ連が崩壊後の96年に失効した。そして00年には、軍事同盟の条項がない「友好善隣協力条約」を結んだが、新条約では軍事協力の強化に踏み込んだことで、61年の旧条約以来28年ぶりに軍事同盟が復活したと言える。我が国にとっては、安全保障上の脅威が引き上げられたことで、東アジアも「新冷戦時代」に突入したと言えるのではないか。

いずれにしても、最近の北朝鮮は「反動思想文化排撃法」や「青年教養保障法」などの若者の行動や思想を縛り付ける法律を作って国内統治に邁進しているが、一方で、初代最高指導者・金日成の功績をたたえる石碑に何者かが墨汁のようなものを振りかける様子が撮影・拡散している。そういう動きを知ると、なおさら北朝鮮の今後の動向に関心を持たざるを得ないのだ。