金正恩独裁体制の崩壊は近いのか

北朝鮮金正恩朝鮮労働党総書記が、昨年末から今年1月中旬にかけての「南北平和統一」を放棄すると宣言したことを受けて、2月6日付「産経新聞」で論説委員・斉藤勉が「金正恩氏『豊かな韓国』に怯える」と題し、次のように分析・解説した。

北朝鮮では、「偉大な首領様」と神格化された金日成主席と、長男で2代目独裁者の金正日総書記の写真や肖像画を指差しただけで国民は処罰される。

一方で最高指導者の「裁量」は無限大だ。核・ミサイルを発射しまくる3代目の金正恩総書記は、今年1月15日の最高人民会議の施政演説で、祖父・金主席の遺訓である韓国との「平和統一」、「民族大団結」路線を放棄して憲法から葬り去り、代わって韓国を「第1の敵対国、不変の主敵」と明記する改憲を指示した。

唐突に、百八十度の路線転換である。

正日氏は2001年、遺訓に従って、平壌に「祖国統一」へのシンボルとして「3大憲章記念塔」を建設した。「3大憲章」とは、1972年の南北共同宣言での3大(自主、平和統一、民族大団結)や80年に金主席が提案した「高麗民主連邦共和国」創立案など3文書を指す。正恩氏は演説でこの塔も「見苦しい」と撤去を命じ、現に1月下旬、塔は破壊された。

正恩氏は祖父と父を全否定し、韓国を北から完全遮断しようとしている。

「歴史的大転換だ!」

コリア国際研究所の朴斗鎮所長は1月18日、動画投稿サイト「ユーチューブ」番組の「李相哲(龍谷大教授)テレビ」で強調した。

注目すべきは李、朴氏とも「正恩氏は怯えている」と口をそろえた点だ。

李氏は「正恩氏にとって軍事より怖いのが韓国の繫栄だ。豊かな韓国の存在自体が脅威なのだ。正恩氏はその韓国への敵対心と憎しみを煽り、韓流完全撲滅を狙っている」と指摘する。

正恩氏と軍事的結託を強めるロシアのプーチン大統領ウクライナ侵略の裏側には、ロシア国内で民衆騒乱を招きかねないウクライナからの民主主義流入への恐れがある。正恩氏の対韓恐怖と同質の怯えだ。

ソ連崩壊で北朝鮮への援助が滞り、90年代後半、飢饉と経済困窮の「苦難の行軍」時代を経験した若年層は国を信用せず、韓国への憧憬が特に強いという。事実、韓流映像を隠れ見していた若者の処刑や厳罰の情報が近年相次いでいる。

朴氏は正恩氏のもう1つの「怯え」の最大の根拠としてバイデン米大統領と韓国の尹錫悦大統領が昨年4月に発表した「ワシントン宣言」を挙げた。宣言は「核兵器を搭載できる米戦略原子力潜水艦を韓国に派遣し、核の情報を共有する協議体を創設するなど拡大抑止を強化する」と明記、バイデン氏は「北朝鮮が韓国を核攻撃すれば終末を迎える」と強く警告した。

これに対し、正恩氏の妹の金与正・党副部長が「世界が見守る中、一つの主権国家を絶滅させる暴言を吐いた」と反論するなど正恩政権は何度も同宣言に噛みつき、核開発を加速させる意向を喧伝してきた。

一方で、韓国側も北朝鮮が実験に成功した極超音速巡航ミサイルを開発中など通常戦力でも南北は拮抗してきたとの観測が強い。

朴氏は「GDPの南北差は今や50対1。政治、軍事的にも主導権は米韓に移った。正恩氏はもはや韓国は呑み込めないと分かり、統一路線を捨てた。米本土やグアムに届く核兵器も完成し、旧ソ連気取りで米国と対等に核の軍備管理交渉をして体制を認めさせ、1国だけでの生き残りを最優先する路線に転換したのだ。半島の全土統一は攻めだが、1国だけの生き残りは守りの路線に入ったことを意味する」と語る。

最後にこう結論づけた。

憲法を変えて北朝鮮は完全に正恩氏の奴隷国家になる。しかし、その独裁も最後の段階に入ったように見える」

実は2月1日付「朝日新聞」でも、北朝鮮の動向に注意喚起する記事を掲載している。それは、コラムニスト(ニコラス・クリストフ)の眼としての1月17日付「NYタイムズ」電子版で、タイトルは「北朝鮮巡る専門家の警告ー予測できぬからこそ備えを」である。

すでにあちこちで危機が起きている世界で、さらにもう一つの危機がありそうだ。北朝鮮が極めて異常な行動をとっており、一部の経験豊かなアナリストは、韓国、そしてもしかすると日本やグアムへの奇襲攻撃を準備しているのではないかと懸念している。

1980年代に北朝鮮の取材を始め、同国を訪ねるようになってからというもの、私は多くの「誤認警報」を見聞きしてきた。最新の警報についても、「金正恩(総書記)は戦争に踏み切るという戦略的決断を下した」と結論づけた2人の信頼できる専門家からのものでなければ、私は記事にはしなかっただろう。

裏付けとなる確たる証拠のない憶測であり、この種の予測は問題をはらんでいることは彼らもわかっている。しかし、2人の専門家の1人は米中央情報(CIA)や国務省などの機関で50年間、北朝鮮を分析してきたロバート・カーリン氏であり、もう1人は北朝鮮を7回訪問し、同国の核プログラムに広くアクセスする機会を与えられたスタンフォード大の核の専門家、シグフリード・へッカー氏だ。

カーリン氏とヘッカー氏は、米国の北朝鮮分析サイト「38ノース」に載せた評論で警告を発した。その中で彼らは、北朝鮮が核弾頭を使ってこの地域を攻撃する可能性を提起した。

(中略)

私は他の専門家にも意見を求めた。長年、国務省北朝鮮担当者として活躍し、現在は(米シンクタンクの)スティムソンセンターにいるジョエル・ウィット氏は、カーリン氏とヘッカー氏の鳴らした警鐘を「極めて真剣に」受け止めていると言った。ウィット氏は北朝鮮が最近、韓国と係争中の海域近くで砲弾を多数発射した事件について、「背筋が寒くなった」と述べた。大規模な挑発行為の予行演習のように思えたからだ。

バイデン政権がこれまで北朝鮮に焦点を当ててこなかったことには、理解できる理由がある。米国はほかにも多くの緊急性のある危機に対応している。もし北朝鮮が決定的に米国を見限ったのだとすれば、米国による北朝鮮への外交的関与は手遅れかも知れない、ウィット氏は言う。だが、中国が北朝鮮への警戒を非常に強めるようになっており、北京が米国の助けになるかもしれない、とも付け加えた。

その一方で、懐疑的になる理由もある。近隣諸国を攻撃することで北朝鮮にどんな得があるのかがわからない、というのがその一つだ。カーリン氏とヘッカー氏は、それに対する確かな答えは持っていない。しかし、世界には奇襲攻撃の歴史があり、攻撃された側にとって理屈が通らないからこそ奇襲なのだ、と彼らは指摘する。

私が北朝鮮取材から学んだことは、この国について予測をしないということだ。だが、バイデン政権が北朝鮮北朝鮮への外交的働きかけを強化し、中国にハイレベルで関与させることを試み、情報収集能力を北朝鮮リスクのよりよい理解のために振り向け、そして、軍の備えを確かなものにするというのは、正しいことのように思える。何が起きるかは誰にもわからないのだから、あらゆる事態に備えておくに越したことはない。

吾輩は、1月18日の「ユーチューブ」番組を視聴したが、その際に李氏と朴氏は1月17日付「NYタイムズ」に触れて、米国の北朝鮮専門家2人の警告を紹介していた。つまり、1月中旬には、日米の北朝鮮専門家は「金正恩政権の動きがおかしい」という認識を持って、警告を発したのだ。だからこそ、「朝日新聞」と「産経新聞」も同じように、北朝鮮の動向に注意喚起する記事を掲載した。

ところで李氏と朴氏との対談では、「北朝鮮当局は国外の情報流入に神経をとがらせているが、特に若い世代が韓国の豊かな生活などを描いたドラマや映画を見て、韓国に憧れることに恐怖を抱いている」旨の言及があった。また、「核・ミサイル開発に没頭し、住民の生活に目を向けないことに対して、相当不満を抱く国民が増えている」との発言もあった。そのようなことで、金正恩政権は映像が持つ力を誰よりも知っていることから「韓国に怯えている」という解説もしていた。

そもそも北朝鮮は、1980年に金日成主席が発表した「高麗民主連邦共和国」構想を、同人の死去(94年)後も固執してきた。その連邦案とは、北朝鮮と韓国が異なる制度を維持したまま連邦国家を構成するというものであるが、その経緯を振り切って「南北平和統一」という政策を放棄したのだ。この背景には、厳しい国内の経済状況から国民の目をそらす狙いがあるからだ。

さて、北朝鮮は1月5日に韓国が設定する北方限界線(NLL)の北側に約200発の砲弾を撃ち込んだり、金正恩が1月の最高人民会議で韓国について「統一、和解、同族という概念を完全に除去すべき」と強調するなど、着々と戦争の準備を進めているようだが、本当に戦争に踏み切るのか。いや逆に、金正恩独裁体制は、経済の行き詰まりで民心の離反を招き、軍事クーデターか人民蜂起が起きて、崩壊するのか。いずれにしても、経済不振が長期間続いてる中では、このような独裁国家が崩壊することは必然であるので、これからも北朝鮮の動向を注視して行きたい。