北海道ワイルズの混乱を考える

まずは、11月15日付「北海道新聞」電子版の見出し「アイスホッケー クレインズ抜きで開幕 受け皿のワイルズ参戦できず アジアリーグの在り方とは?〈水曜討論〉」を読んでください。

    クレインズワイルズを巡る2023年の主な動き

4月→3季連続の給与遅配を受け、クレインズの全選手と監督がチームを離脱

5月→選手らの受け皿となる新チーム「北海道ワイルズ」が発足

6月→アジアリーグワイルズのリーグ加盟申請を受理せず

7月→アジアリーグクレインズの今季の出場資格を停止。クレインズを除く5チームでのリーグ実施を決定

8月→ワイルズが横浜グリッツと交流戦を行うと発表

9月→今季のアジアリーグ開幕。ワイルズが横浜グリッツと初の交流戦

10月→日本アイスホッケー連盟が、ワイルズ全日本選手権(12月)出場を特例で認める

 

9月に開幕したアイスホッケーアジアリーグの2023~24年シーズンは、「ひがし北海道クレインズ」(釧路)を除く5チームで行われている。選手を集められなかったクレインズをリーグが出場停止としたためだ。リーグはクレインズ元選手の受け皿となった新チーム「北海道ワイルズ」(釧路)の参戦も認めず、選手は公式戦に出られずにいる。クレインズの経営難が発端とはいえ、リーグの対応は十分だったのか。問題の背景やリーグの今後の在り方について、北米で活躍する日本代表選手と、リーグを長年取材する編集者に聞いた。

■「選手第一」の環境必要 男子日本代表FW・平野裕志朗さん

クレインズ抜きでアジアリーグが開幕してしまったことは残念でなりません。リーグが日本のアイスホッケー界を本気で盛り上げたいと考えるならば、元クレインズの選手を特例で出場させるなど、とり得る別の選択が必ずあったはずです。

リーグがクレインズの出場停止を決めた直後の7月下旬、私の考えを記した「声明」を、X(旧ツイッター)に投稿しました。クレインズから移籍したワイルズの選手が試合に出場できる機会を確保することを最優先に考えてほしいと訴え、それがかなわないならば、私自身も日本代表を辞退せざるを得ないとの決意を記しました。

きっかけは、その直前にワイルズの選手と帯広で一緒に練習する機会を持ったことです。この先どうなるか分からず、暗い表情を見せる選手に接しました。私自身はアジアリーグのチームに所属していないため、一連の問題に直接関係はありませんが、日の丸を背負って戦っている以上、母国を盛り上げるために、何ができることはないかと考えました。

「声明」は20万回以上閲覧され、多くの人にこの問題を知ってもらうきっかけになったと思います。ただ残念なのは、選手たちが声明を拡散してくれなかったことです。リーグの決定に注文を付けるのは怖く、みんな守りに入ってしまったのでしょうか。リーグを動かすほどのうねりにはなりませんでした。

リーグが、ワイルズの選手の参戦を認めなかった背景には、旧態依然としたアジアリーグの組織体制がありそうです。リーグはそれぞれのチームの代表者らで構成されています。新チームの加盟については、誰か1人が「ダメ」と言ったら、認められません。そこには各チームの利害関係があり、私情が持ち込ませれる余地があります。申請の際、ワイルズクレインズのリーグ除名を求めたことへの反発があったのかもしれません。

一番の問題は一連のリーグの動きを通じて「アイスホッケーの未来をどうすべきか」「選手ファーストとは何か」といった視点が見えなかったことです。

一方で、選手にとってプラスの動きも出てきました。日本アイスホッケー連盟は、主催する全日本アイスホッケー選手権大会(12月7~10日・横浜市)にワイルズの参戦を特例で認めました。リーグ加盟の横浜グリッツはワイルズと非公式の交流戦を行っています。活躍できる場を確保するために、こうした動きがどんどん広がってほしい。

来季こそは、ワイルズの選手たちがリーグでプレーできる環境を、アイスホッケー界全体で整えるべきでしょう。同時にアジアリーグをどう盛り上げていくかの視点も欠かせません。

今季のアジアリーグに参戦しているのは韓国1チームと国内4チーム。アジア一体で競技レベルをあげることはもちろん大事ですが、韓国への遠征費は日本チームにとって大きな負担でしょう。国内チームの経営が厳しい中、韓国の1チームを強化するために遠征しているとも言え、果たしてそれが日本のためになるのでしょうか。国内リーグを盛り上げないと、日本のアイスホッケー界自体が立ち行かなくなります。国内のリーグの在り方も議論すべき時期に来ていると思います。

■釧路一丸で機運高めて アイスプレスジャパン編集長・関谷智紀さん

今季のアジアリーグを取材していてクレインズ不在の影響を感じます。人気チームの試合がないことによる観客の減少はもちろん、「気を抜けば負ける」相手が減ったことで、試合のレベル低下も見られます。今季参戦できなかったワイルズの選手が体のキレを維持できているかどうかも心配です。

今回の問題は、基本的にはクレインズの事実上の経営破綻が原因ではありますが、本当の大問題は、アジアリーグが独自の収益を上げることができていない点にあります。昨年就任した武田芳明チェアマンが改善に動いていますが、リーグとしては2003年の発足から長い時間がたっており、遅きに失した感があります。リーグにお金がないことが、諸問題の解決を困難にしているのです。

アジアリーグは、所属する各チームが参加料を支い、さらに事務局にスタッフを出すことで運営されています。こうした運営形態が、リーグがチームの利害関係を超越した「大なたを振るう」ような判断をしにくくしています。

アジア各国のチームと恒常的に試合を行うというリーグの構想は、他のスポーツと比較しても画期的でした。ただ、試合をきっちり見せることはできても、それを宣伝することができませんでした。特に、09年に西武が廃部となってからは「経費がかかるから、これはやめよう」というような縮小均衡の発想が強い。この10年ほど、リーグの勢いは下り坂で、コロナ禍でさらに落ち込みました。

このまま再び国内リーグに縮小せざるを得ない状況になることを懸念しています。今季、国外から唯一参加している韓国のHLアニャンは、実質的な韓国代表で、韓国の世界ランクは日本より上。普段から世界のレベルに触れられなければ、日本代表も強くなりません。他競技の人材やノウハウを積極的に取り入れ、新しい価値を創造してリーグを盛り上げていこう、という発想に切り替えてほしい。

一方で、中立的な立場で言うなら、釧路全体が一つにまとまらなければ、現状で来季から新たに釧路のプロチームがアジアリーグに参入するのは難しいのではないかと考えています。

ワイルズがリーグ加盟を希望した際、クレインズの除名を求めたことなどから、リーグ内の一部にワイルズに対するわだかまりがあると見ています。加盟には総会で全会一致での承認が必要である以上、釧路側も早急に何らかの手を打つ必要があります。日本製紙の工場があった(釧路市)鳥取地区の周辺だけでなく、市内全体や隣の(釧路管内)釧路町を巻き込む動きや、発信がほしい。

現在、名古屋のチームがアジアリーグ加盟を目指す動きもあります。クレインズが参戦できないからといって、そのままワイルズアジアリーグの6チーム目になれるというものでもありません。

釧路は今も昔も名選手の供給源です。そこにプロチームがなくなれば、子どもたちがアイスホッケーでトップ選手を目指すきっかけが失われかねません。選手が育たなければ、競技の将来もありません。時間がかかってでも、子どもたちが憧れるプロチームをつくってほしいですね。

〈ことば〉クレインズを巡る問題

ひがし北海道クレインズ(釧路)は2019年、日本製紙クレインズの廃部を受けて発足した。1年目は800万円の黒字経営だったが、新型コロナウイルスの感染拡大の影響でで観客数が落ち込んだ2年目以降は赤字に転落。コロナ禍でスポンサー確保が難航したこともあり、21年から3年連続で選手・スタッフの給与遅配が起きた。このため全選手と監督が今年4月、一斉にチームを離脱。大半は5月に発足した「北海道ワイルズ」(

釧路)に移籍した。

クレインズワイルズはともに9月開幕のアジアリーグ出場を目指したが、リーグはワイルズの加盟申請が締め切り後だったため参戦を認めず、選手を集められなかったクレインズについては出場資格停止処分とした。

もう20年前も昔の事であるが、吾輩はアイスホッケーのトップチーム「栃木日光アイスバックス」の運営が厳しかった創設期に関わったことで、これまでアイスホッケー界を応援するために10本前後の文書を書いてきた。そうした中での今年5月2日、クレインズに所属する全選手、監督が給与の未払いが続いたことを受け、来季以降チームとの契約をしないとの報道に接し、その後の動向を固唾をのんで見守ってきた。

思い返すと、栃木日光アイスバックスの存続には幸運な出来事が3つほどあったと考えている。

①一民間人が5000万円を寄付。

②当選した栃木県の新知事が3000万円を支援することを表明。

文部科学省が、栃木日光アイスバックス、バレーボールの「堺ブレイザーズ」、もう一つ(リクルート陸上クラブ?)の3チームに3カ年事業で4500万円の補助金を支給。

このほか、選手たちがチーム存続のために一生懸命に動き回ったことで、コクドと日本製紙が期限付きレンタルとして、各2人の選手を派遣してくれた。さらに、栃木日光アイスバックスの元社長や地元選出の衆院議員・森山真弓の秘書が、文部科学省へ働きかけてくれたことで、同省が親会社の実業団チームに対する見直し事業でスポーツクラブに移行し、経済的に苦しんでいたチームをスポーツ振興事業「トップレベル・スポーツクラブ活動支援事業」として、栃木日光アイスバックスを支援事業に指定してくれた。これで栃木県民は「栃木日光アイスバックスは国が支援するに値するチーム」という認識を持ってもらえた。

そのようなことを経験した吾輩から見て、今回のクレインズに対する支援活動には大いに不満である。まずは、アイスホッケー連盟の会長、北海道知事、地元選出の国会議員は何をしていたのかと言いたい。例えば、北海道知事は釧路市がウインタースポーツの一翼を担っていることを、皮膚感覚で全く知らないのではないか。吾輩が日光アイスバックスの存続問題に関わった当時、「栃木県はウインタースポーツの一翼を担っている地域であるので、絶対にアイスホッケーのトップチームを無くしてはならない」と栃木県、経済界、県内議員、マスコミなどの関係者に訴えた。

それから書きづらいが、アイスホッケー連盟の会長は、カネがない人間は引く受けるべきではない。例えば、20年前の会長は人間的に問題がある堤義明氏であるが、資金を持っていたことと、アイスホッケー界やスポーツ界に対する影響は抜群であった。そういうわけで、アイスホッケー世界選手権に出場する選手たちに対しては、出発前にポケットマネーで激励していた。また、地元の市長のことであるが、自治体の首長のやれることは限られているから、やはりここは国会議員が出てこないとダメで、これは吾輩が20年前に実感したことである。

いずれにしてもスポーツが多様化し、アイスホッケーのファンが減少している中でのクラブ経営は、誰が経営を担っても大変である。だからと言って、冬季五輪で唯一の団体球技種目であるアイスホッケーのトップチームを、簡単に解散させてはならないのだ。新聞記事の中で触れているが、アジアリーグに韓国チームを含めることへの賛否や、地元チームの盛り上げ方、三大都市圏への浸透、各種マスコミへの対応などは〝常識を捨てる勇気″が必要であることは当然のことで、色んなアイデアを試すべきである。そこには近年の温暖化という気候変動の中で、アルペン競技を含めた冬季五輪種目が地球上から無くなることは、人類が現在の地球環境下で生活できなることを知らせているからだ。

最後は多少話が逸れるが、20年前の余計な発言に関してだ。旧日光市内で選手たちの意見を聴く会議があった後、森山議員の秘書と選手7~8人で食事をすることなった。その際、吾輩は食堂の中で前述した期限付きのコクドの選手(苫小牧東~早大)に対して「君が日光アイスバックスに来るとは思わなかった」と述べたのだ。その当時、読んだアイスホッケーの専門誌「アイスホッケーマガジン」(発行=ベースボール・マガジン社)の中で「日本代表選手として有望」と記述されていたが、随分と失礼なことを言ったものだと今でも時々思い出すのだ。なぜなら、その選手はこの20年にわたって、栃木日光アイスバックスの選手や役員としてチームを支える仕事に関わっているからで、なおさら感じ入っているのだ。改めて、お詫びを申し上げたい。