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リオ五輪のマラソン代表は陸連を信頼して待とう

リオデジャネイロ五輪の女子マラソン代表選考を巡っては、今回も様々な批判が沸き起こった。その最大の原因は、選考基準が明確ではないことと、昨年の世界陸上での内定基準を下げ過ぎて、7位の伊藤舞選手を早々と内定したことだ。しかしながら筆者は、日本陸上競技連盟(以下・陸連)のマラソン代表選考に対しては、何ら心配していない。何故なら、陸連の“確かな目"を信頼しているからである。

例えば、筆者の最も古い記憶として、1968年のメキシコ五輪代表選考のもめ事が思い出される。この時は、選考レースの別府大分とびわ湖の両マラソンで、采谷義秋選手が君原健二選手に連勝したが、五輪に出場したのは君原選手であった。決め手は、五輪前年に開かれたプレ五輪で、君原選手が2位に入り、「高地のメキシコで結果を出せるのは君原」と君原選手のコーチ・高橋進氏が強く推薦したからで、本番の五輪で見事に銀メダルを獲得した。だから筆者は、今でも海抜2300㍍の高地では、大柄でガッチリした体型の采谷選手でなくて、君原選手を選考して良かったと考えている。

女子で最も揉めたのは、1992年のバルセロナ五輪の代表選考ではないか。この時は、大阪国際女子マラソンで、当時の日本最高記録を出して日本人2位の松野明美選手(優勝は小鴨由水)と、前年の世界陸上4位の有森裕子選手が競った。結果的には、有森選手が出場して、銀メダルを獲得したが、これも大成功の選考であった。

ところで、毎回マラソン代表選考では、複数の選手選考でもめるので、選考レースの“一本化"を唱える声が多いが、筆者は反対である。確かに米国は、全米選手権の1〜3位を自動的に五輪代表に選出している。しかし、その背景には、もしも米国陸連が選手選考を行えば、人種問題などで紛糾する可能性があるので、これを避ける意味もあるようだ。

そのほか、選考レースの“一本化"には問題がある。約20年前、全米選手権の男子砲丸投で、優勝候補の選手がケガのために4位になり落選した。筆者も、優勝候補が五輪に出場しないのでがっかりしたが、案の定、本番の五輪で、米国代表3人のうち誰もメダルを獲得出来ない事態に陥った。一発勝負では、最強の選手を選べない可能性があり、選手層が薄い我が国では、絶対に採用してはならない選考方法である。即ち、最善の選考方法はなく、いずれも“一長一短"があるのだ。

いよいよ、来週日曜日には、女子の最終選考レースである名古屋ウィメンズマラソンが開催される。そして、17日の陸連理事会で男女のマラソン代表が決定するが、その中には間違いないなく、福士加代子選手が選ばれる。何故なら、陸連は“確かな目"を持ち合わせているからだ。