読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

東大野球部の勝利にもの申す

東京六大学野球で94連敗中だった東大が、ついに23日に行われた法大戦で勝利した。それを受けて、マスコミ各社は一斉に「東大勝利、歓喜のスタンド」旨の見出しで報道している。しかしながら、東大野球部は、これまでも50連敗、30連敗、70連敗の歴史があり、別段珍しい連敗記録ではないのだ。

不思議なのは、この低レベルのチームを、その他の5大学(早稲田、慶応、明治、法大、立教)が、六大学から追放しようという動きがないことだ。何か、東大野球部が六大学に加盟することで、他の大学に何らかのメリットがあるのか。

六大学は、低レベルのチームを加盟させて、土日の休日に東京のど真ん中(神宮球場)で試合をしている一方で、レベルの高い他の大学リーグが、平日に神宮球場や、休日に東京郊外で試合をしている。この現状は、スポーツ本来の姿からかけ離れているのではないのか。

確かに昔は、創設が古い大学が、東京のど真ん中で試合をすることは、自然なことであった。しかしながら、大学進学率が上がり、新興大学の野球レベルが上がった以上、これまでの“歴史"を優先することは許されない。時代が大きく変わったことを自覚するべきで、このような現状はまさに“既得権の乱用"である。他の競技と同じように、競技レベルが高い大学リーグが、優先的に最高の競技施設で試合を実施するべきである。

スポーツは昔、生活に余裕がある一部学生が営んでいたが、今は貧しい家庭の学生が、スポーツ分野で活躍して、プロの世界で年収1億円を超える収入を得る時代になった。つまり、スポーツは、学生選手にとって、将来の生活に繋がり、はたまた国家や企業にとっては、士気高揚の人材になっている。

要するに、競技レベルの高いリーグ戦が、最高の競技施設で試合する資格があるのであって、東大野球部のような低レベルのチームが、休日に東京のど真ん中で試合をする資格があるのか、ということである。また、言い過ぎかもしれないが、東大野球部員は、同好会として楽しめば良いのではないのか。野球に人生を掛けている学生に、試合会場を譲ることは、スポーツマン・シップに繋がるし、それが“スポーツ文化"だと考える。