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長期戦でチャンスを待とう北方領土!

何も期待出来ない日ロ首脳会談が、12月15日と16日に山口県と東京で行われた。プーチンは、外交駆け引きなのか、日本を軽く見ているためか、常に“遅刻"の対応で行動した。それなのに、日本側は民間レベルでも68件の経済協力事業で合意して、その投融資総額は三千億円規模という。これでは、将来“食い逃げされた"と言うことになり、別段批評もしたくなくなった。しかしながら、将来的に禍根を残す政治的な合意がないので、安堵して書くことにした。

それにしても、千島列島を失ったことは、北海道にとっても、日本にとっても大きな損失になった。戦後の北方領土周辺では、漁船が延べ1341隻が拿捕され、9502人が捕らえられた。そして、銃撃や漁船への体当たりを受け、31人の漁業者が死亡した。また、根室市の目と鼻の先にある貝殻島での昆布採取では、今年もロシア側に対して9026万円のカネを支払っている。もう、何十年間も支払って採取しているのだ。

更に、水産業を見ると、戦前は北方領土4島周辺では約43万トンの漁獲量、根室市は10万トンの水揚げがあった。当時の漁獲量があれば、根室市の人口は5万人(現在は約2万7千人)、釧路市も25万人(現在は17万人)には達していた。また、釧路港から大洗港まで水産物を運ぶフェリーの定期船が運行されていたハズだし、JR北海道も札幌〜根室間に特急電車を運行していたハズで、今ほどJR北海道の経営状態が悪化することもなかった。今更ながら、残念な事態に陥ってしまった。

以上の現実を突きつけられると、重ね重ね書くが、1945年2月にソ連軍が対日参戦するという「ヤルタの密約」の情報を入手した段階で、米国に対して降伏するべきであった。よく有識者が「戦争を始めることは簡単であるが、終わらせることは難しい」と言っているが、当時の戦争指導者は、日本人が全滅するまで戦う方針であったのではないか。戦後のことを考えていた戦争指導者は、僅かであったので、同胞が本土や外地で悲惨な死に方をしたし、重要な領土も占拠された。その意味では、当時の戦争指導者をいくら弁明をしても、その責任を回避することは出来ない。と同時に、ロシアの蛮行も忘れてはならない。

北方領土の返還交渉では、長期戦で臨みたい。歴史の転換点は間違いなく訪れるのだから、その時まで待つべきなのだ。今年11月に来日した、昨年のノーベル賞作家のスベトラーナ・アレクシエービッチ(ベラルーシ)が、朝日新聞のインタビュー記事(12月16日付け)で、「ロシアほど、人々が戦争について語る国はありません。テレビには連日、新しい軍用機や軍艦が映ります。驚くべきは国民が再び強い軍になったと喜んでいることです」、「いずれロシアは戦争をするでしょう。新しい世代がロシアで育っていて、ニューパトリオット(新しい愛国者)と呼ばれいます。彼らは、プーチンですら『弱気だ』と非難する。ウクライナと戦争し、征服するべきだと言っている。恐ろしくなります」と語っている。

という訳で、筆者もいずれかの日に、ロシアは好戦的な体質から自ら墓穴を掘る見ている。その時まで、北方領土の全面解決は見通せないので、我々は長期戦でチャンスを待ち続けるべきなのだ。その時には、覚悟を持って対ロ政策実施するべきと考える。