ドーピング生んだプーチン統治

ロシアのドーピング問題では、新聞やテレビでプーチン体制の深層にまで触れた解説は少なかった。そうした中で、昨日の「産経新聞」に掲載された、北海道大学名誉教授・木村汎の見出し「ドーピング生んだプーチン統治」という記事は、見事にプーチン体制下でのドーピング問題の背景を分析していた。木村氏はロシアの専門家で、筆者もソ連時代から数多くの著書を読んでいる信頼出来る学者である。

それでは、木村氏の分析記事を、原文のまま一部抜粋する。

プーチン氏にとって、今夏のリオデジャネイロ五輪参加問題は大誤算、かつ屈辱的な敗北になった。世界反ドーピング機関(WADA)が、ロシアの国家ぐるみのドーピング違反を認定する報告書を公表し、その結果、大多数のロシア選手が同五輪に出場しえなくなる羽目に陥ったからである。…私個人はWADA報告が「プーチノクラシー(プーチン政治)」の実態を明らかにしたことのほうを重視したい。

○WADAは、ロシアが国家主導で組織的なドーピングを実施している事実を満天下にさらした。具体的にいうと、WADAはロシアのスポーツ省と連邦保安局(FSB)なる公的機関が、国際的なスポーツ行事に参加するロシア選手たちにドーピングの不正行為を指導していた手法を公表した。

○WADA報告の新味は、ロシア選手のドーピングが単にスポーツ省ばかりでなく、FSBの監督、管理、指導下に随行されていたシステムを勇気をもって暴露し糾弾した点にある。ロシアで行われることのほとんどが、FSB関与のもとに行われているーこの「プーチノクラシー」の本質と実態を、報告は全世界に周知させることになったのだ。

○FSBは、ソ連時代の秘密警察、すなわち国家保安委員会(KGB)の主要後継組織に他ならない。プーチン氏は自ら志願して、大学卒業と同時にKGBに入った。…「プーチノクラシー」とは、そのような思想傾向や経歴をもつプーチン氏が、主としてFSB仲間を手先に用いて遂行している統治ーこうみなすことが可能だろう。

○FSBの要員たちは、彼らの唯一無比のボス、プーチン大統領の思惑を忖度して行動する。一例を挙げよう。今日までのプーチン政権16年間には、不可解な殺人事件が後を絶たない。リトビネンコ(元FSB中佐)、ポリトコフスカヤ(女性ジャーナリスト)、ネムツォフ(野党指導者)等々、政権の目障りになる人物が殺害されてゆく一方で、その犯人が特定され処罰されたケースは皆無である。

プーチン大統領は、彼らの行き過ぎた行動をとがめないことによって、結果的な暗黙裡の承認を与えている。いや処罰しないどころか、昇進さえさせている。例えばアンドレイ・ルゴボイ。英国政府はルゴボイを、リトビネンコ殺害の有力な容疑者とみなし、身柄引き渡しを求めた。ところがプーチン政権はその要請を拒否。ルゴボイを下院議員に選んで不逮捕特権を与えたうえに勲章すら授けた。

○今回発覚したドーピング隠蔽事件は、五輪でロシアが獲得するメダル数を増やし、国威発揚につなげたいとするプーチン大統領の意をくんで、その走狗と化したスポーツ省ならびにFSBにとっては当然の行為に他ならなかった。とするならば「プーチノクラシー」の本質が変わらない限り、同様の事件が繰り返されると予想するべきだろう。

まことに見事な分析である。ロシアのプーチン体制は、いつまで持続するのか、それとも近々破綻するのか、崩壊するのか、いずれにしても目が離せない国家であることは間違いない。