今年4月25日に営業を再開したJR北海道遠軽駅の「駅そば」店が、今年末で閉店するという。その動きを11月14日付「北海道新聞オホーツク」電子版が、「『もう辞めます』遠軽の駅そば、半年で閉店危機/おかみがSNSで退職宣言/音信不通のオーナーはこう答えた」と題して報じてくれた。
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【遠軽】「日本最北の駅そば」としてクラウドファンディング(CF)で改修費などを集めたJR遠軽駅(オホーツク管内遠軽町)構内のそば店「北一(きたいち)そば」が、4月の復活からわずか半年で閉店の窮地に立たされている。再開以来、1人で切り盛りしてきたおかみがX(旧ツイッター)に突如、「12月28日までに辞めます」と投稿。店のオーナーと音信不通となっていることなど内部事情を赤裸々に告白し、SNS上で拡散する騒動になっている。鉄道ファンに注目されたそば店がたどる運命はー。
北一そばは、1941年(昭和16年)開業。改札外からも入店でき、地元遠軽高校生らが集まる場所だった。北海道内唯一のスイッチバック駅の名物として、鉄道ファンからも人気を集め、そばを食べるために遠軽駅を訪れる道外客もいたという。しかし、店に60年以上立っていた勝本一子店主が2019年に死去し、後継者がおらず閉店した。
2代目おかみを任されたのは渡部みゆきさん(62)。長女が暮らす遠軽町を気に入り、一昨年引っ越してきた移住者だ。沖縄の宿泊施設で長く勤めた経験を生かし、かけそば、かき揚げ天ぷらそばなど定番メニューに加え、地元業者から仕入れてやわらかく煮込んだエゾシカ肉入りの沖縄そば「遠軽ジビエそば」も提供した。
上川管内音威子府村のJR音威子府駅構内に7月そば店が開業するまで、「駅そば」としては日本最北となり、鉄道ファンらの話題に。遠軽ジビエそばも看板メニューとなり、人気を集めた。順風満帆に見えたが、渡部さんが6日以降、売り上げ不振やオーナーへの不満などをXに連続投稿。たちまち炎上した。
ポスト
遠軽駅そば北一おかみ
私事ですが、駅そば北一を退職いたします。
(仕入れが終了した時点で)
皆様お世話になりました。
店を継続するかどうかは社長の判断ですので、私は今後は一切関わりません。
ジビエそばは私のオリジナルレシピなので幻となるでしょう。
では!
19:25・2025/11/06・122万回表示
「開店直前に『独立採算』を言い渡された。え?どういうこと?と混乱している間に開店準備始まった。売上から家賃、水道、電気、電話、火災保険、仕入れ全てを賄い、残りが給料」
「JRとの賃貸契約の内容をすべて把握していない」
「酷暑、暴風、冷え込み。あまりにも話が違う自分の生活を犠牲にしてまで営業は続けたくない」
これらの投稿は反響を呼び、表示回数(インプレッション)はすぐに100万回を超えた。渡部さんの応援とともに、オーナーを批判する投稿でSNSがあふれかえった。
渡部さんは取材に、「すべて丸投げされ、赤字は私が穴埋めするような状況。引き受けた以上、やれるだけのことはやったがこれ以上は続けられない」と憤る。
矛先となっているオーナーは町内で飲食店を経営する萩原和浩さん(43)。「青春時代の思い出の場所を復活させたい」とCFで店舗の改修費などを集めた。店は今年4月25日、再開。CFは昨年5、6月に行い、235人から111万4千円を集めた。
しかし、渡部さんによると、荻原さんは5月以降、遠軽を離れ、その後、売り上げ報告など業務連絡しようにも連絡が付かない状態になった。一部のCF支援者からも「店舗オープンの案内がない」「返礼品とされた協賛パネルの展示がない」などの指摘も出ている。
14日、萩原さんが北海道新聞の取材にこう答えた。「すべては私の不徳のいたすところ。渡部さんをはじめ、応援してくれた人たちの思いを踏みにじるようなこととなって本当に申し訳なく思っている」。
萩原さんは現在、福岡県内にいるという。CFの返礼品については「支援者全員に返礼品を送ったつもりでいる。もし、漏れがあったのだとすれば責任を持って、個別に対応したい」と釈明。その上で、「多くのみなさんの思いで復活した駅そば。難しいかもしれないが、なんとか継続する方法を模索したい」と述べた。
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実は吾輩は、オーナーの心意気に賛同して、直接オーナーに寄付金を送付したり、営業再開後はおかみさんと対話して、それなりに問題点や疑問点は把握していた。具体的に言うと、10月以降客数が伸び悩み、収支改善の見通しが立たないなどであるが、それでも11月6日以降の出来事には驚くとともに、おかみさんのわかりやすい文章にも、これまた驚いた。
そういった経緯を通して、感じていたことを挙げてみたいと思う。
〇オーナーのCFに関しては、当初から数千円の寄付に3杯や5杯の「そばチケット」を約束していたので、それくらいしないとCFに応じてくれないのかと感じた。そして、再開資金100万円くらいは自分で準備できないのか、それと同時に何らかの戦略が隠されているのかとも考えた。さらに、お客が何十人利用すれば採算が合うのか、その可能性は如何にと検討し、それなりの明るい見通しを持って営業を再開したのか、などを感じていた。
〇JR北海道に関しては、営業再開からホームと「駅そば」店の間に柵が設けられて、ホームから直接「駅そば」店に向かうことができないので、吾輩のように昔から駅構内の構造を知っている者は、どうしても腑に落ちない感じを受けていた。さらに「駅そば」店の大家なのに、暴風や風雪の時にも駅舎内で飲食させなかったり、列車内に汁物を持ち込ませないなど、どう見ても意地悪な対応としか思えなかったので、どうしてなのかと感じていた。
というように、何から何まで理解できない状況の中で営業を再開したが、それでもオリジナルレシピ「遠軽ジビエそば」は予想以上の評判・反響を得ていることを知ると、これからも遠軽町内で食べられればいいと思うのだ。それは全国から観光客を招き入れることに繋がり、結果的に〝怪我の功名″ということになるので、今はそれを願うばかりである。今後の動向に注視していきたい。