北朝鮮による日本人拉致事件に至る背景

最近、北朝鮮による拉致被害者で新潟産業大学特任教授・蓮池薫(67)が出版した新刊書「日本人拉致」(発行所=岩波書店)を読了した。さらに、6月7日付「産経新聞」の連載「拉致問題の現場から[21]」(書き手=救う会長・西岡力)を読んで、北朝鮮による日本人拉致事件に至る背景が、頭の中で整理されたので書くことにした。まずは、「産経新聞」の記事から紹介する。

〈洗脳し工作員に/「めぐみさんも該当の可能性」証言〉

前回は、金正日氏が北朝鮮工作員の育成に関して、自国の若者を潜伏先の国の言語などに習熟させる「現地化」指令を1976年に出し、そのための教官役として世界中で外国人を狙った拉致が起きたことを書いた。

現地化にはもう一つ、拉致した外国人を洗脳後、そのまま工作員として使うパターンがあった。契機は、日航機「よど号」乗っ取り事件(70年)を起こした共産主義者同盟赤軍派メンバーが、北朝鮮に入ってわずか1年ほどで「主体思想」を信奉し、北朝鮮のための工作活動を始めたことにある。

この思想は、正日氏の父、金日成氏が唱え、最高指導者への絶対服従と無条件の忠誠を求めるものだ。

赤軍派メンバーの洗脳に成功し、自信をつけた北朝鮮はこのころから、工作員に仕立てる目的で日本人を含む外国人を狙った。発案者は、工作機関「対外連絡部」幹部の康寛周(カングァンジュ)氏だったという情報がある。

78年に拉致されたレバノン人女性らの証言によると、当時の北朝鮮施設内にはフランス人やイタリア人など30人近い女性がいた。テコンドーなどの格闘技や盗聴技術を仕込まれ、主体思想を繰り返し強要されたという。

同じ78年(昭和53)年に拉致され帰国した日本人拉致被害者の地村富貴恵さん(69)も、自身と、同じく拉致被害者田口八重子さん(69)を工作員養成学校に入れる計画があったと説明している。だが狙いは失敗した。

工作員金賢姫(ヒョンヒ)氏は、私が2012年に実施したインタビューで、13歳だった横田めぐみさんが拉致されたのは「子供なので洗脳しやすいと判断したからではないか」と語った。その上で、1980年代初頭に工作機関の課長が「外国人を使おうと教育して(海外に)出したが、裏切った。外国人は信頼できない」と告げたことを明かした。

先述のレバノン人女性らのうち数人が79年、海外訓練中に逃亡しており、そのことを指していると思われる。

引き続き、前記の記事を裏付ける証言を蓮池氏(78年7月31日に拉致)も書いているので、その部分を紹介する。

2014年12月10日付の米紙『ワシントン・タイムズ』には「秘密文書 北朝鮮金正日は、工作員養成のために外国人拉致を命じた」という記事が掲載されている。

同紙が入手したという機密文書によると、1977年9月29日および10月7日、金正日書記は対外情報調査部の責任者との会談で、海外の人間を諜報活動に利用する計画を説明したという。20代の外国人を5年から7年かけて強制的に訓練すれば、60歳まで使える貴重な諜報員になる。工作チームを東南アジアと中東、および東欧に派遣し、若い男女を密かに誘い込み、北朝鮮政権を支持するようにする。特に魅力的な女性の確保に重点を置くこと。また拉致する対象のなかに一匹狼タイプや孤児を含むこと、拉致は平壌工作員によるものだとわからないように、密かに行なうことなどが指示されたという。

これらを裏づけるように1977~78年には世界各地で一連の拉致事件が起きている。

(中略)

「日本人は思いどおりにはできない」

では、マカオレバノンでの拉致事件と1977年秋~1978年夏に連続的に行なわれた日本人女性、日本人アベックおよび親子に対する拉致事件は関連がなかったのだろうか。これらがすべて対外情報調査部によるものだとすると、目的も工作員利用だったとみるのが自然だろう。

対外情報調査部工作員チェ・スンチョルは私を拉致した直後にあたる1978年秋、拉致への噴りをあらわした私に、こう話した。

「おれは、日本人については無理やり連れてきても、思いどおりにはできないと言って(拉致には)反対した。ほかの国の人とは朝鮮人に対する民族的な感情が違うからだ。それで党の方針に背くのかと批判された」

そのときは、私を拉致したことへの「弁解」程度にしか思っていなかった。しかし、あとになって確かにチェ・スンチョルはこの件で「革命化」という処分を受け、金正日政治軍事大学に送られ、再教育を受けたと聞いた。ベテラン工作員にとって若者と同様の教育を受けるというのは、かなり屈辱的らしい。しかし、「革命化」の途中で急きょ呼び出されて日本に派遣され、私たちを拉致したという。

新刊書は、月刊誌「世界」から連載執筆の依頼を受けて、同誌23年1月号~25年1月号(隔月掲載)の計13回にわたって掲載したもので、その原稿に加筆・修正を加えて刊行した。執筆の動機としては、北朝鮮が執拗に繰り返す「拉致問題は解決済み」のレトリックを覆すことで、

朝鮮労働党の秘密工作機関・対外情報調査部の幹部から、工作員養成機関「金星政治軍事大学」に行くよう言われたが、なぜだか途中で中止になった。

工作員12人に日本語を教えたが、ものになったのは2人だけであった。

○めぐみさんや田口さんら8人を「死亡」と発表しているが、この時期に「私たちと同じ地区の招待所に住んでいた」と証言。

ーというように、北朝鮮の国家犯罪「日本人拉致」の内情を公にするとともに、北朝鮮側のでたらめな説明を論破している。そういうことを考えると、蓮池氏の最終的な拉致事件に対する証言と思うのだ。

それにしても、北朝鮮による世界的な拉致事件は、70年3月に「よど号ハイジャック事件」を起こした元赤軍派のメンバー9名が、北朝鮮当局による徹底した思想教育によって、日本人を含めて拉致し始めたというのだから驚くばかりである。その意味では、02年(平成14)年の小泉純一郎元首相の訪朝で蓮池氏を含む5人の帰国が実現したが、それがなければ北朝鮮側の「行き当たりばったり」としか言いようのない拉致計画が明らかになることはなかった。

振り返れば54年前、吾輩は上京して都内の新聞店に寝泊まりしていたので、この事件のことはよく知っているが、まさか北朝鮮に行った後に欧州を中心として、拉致事件を起こすとは想像もしていなかった。だが、前述のように「世界を相手に拉致事件」を起こしていた事実を知ると、政府はもっと慎重に対応するべきであったと悔やんでも、後の祭りです。

ところで、蓮池氏は著書のおわりに「ようやく人前で話さるほどに、拉致の全体像が見えてきたのは最近のことだった」と書いているが、何となく〝やはり、そうだったのか″と納得する自分がいた。要するに、といって書きたいが、内心のことを推測して書けないので、ここでは触れないことにする。ただただ、拉致問題は絶対に風化させてはならないことだけは確認したい。

最後は、西岡氏について書きたい。わが国の左派勢力(旧社会党支持者)は、小泉首相が訪朝し、北朝鮮金正日国防委員長が「日本人の拉致を認めます」というまで、拉致問題に対して「北朝鮮側に何のメリットがあるのか」という発言を繰り返していた。これに対しては、吾輩も以前に朝日新聞記者との議論を取り上げたが、西岡氏も「朝まで生テレビ」などの番組に出演し、出演者の半分を占める左派勢力と孤立奮闘して戦ってきた人物である。そのような場面を何度も視聴してきたので、まさしく尊敬に値する人物であるのだ。昔の時代劇では、責任を取ってすぐに切腹する場面が出てくるが、今の時代は西岡氏に対してあれだけ激しく攻撃しても、何の責任も取らないで生きて行かれるようだ。だから、責任を取って「切腹せよ」とまでは言わないが、あれだけ想像力や分析力に欠けた有識者が、いまだにのうのうと生きていることに対して、大いに憤っている人物がいることだけは伝えたのだ。