第33回夏季五輪が100年ぶりにフランス・パリ(7月26日~8月11日)を中心に開かれたが、今回も2022年2月開催の「北京冬季五輪」に引き続いて、世界が注目したスーパーアスリートや競技内容を紹介する。まず最初に①でシファン・ハッサン(陸上)、続いて②でレオン・マルシャン(競泳)、最後に③でノバク・ジョコビッチ(テニス)を取り上げる。
①8月11日付「スポーツニッポン」電子版
〈女子マラソンVのハッサン/ザトペック以来の1大会長距離3種目メダル獲得/2位が妨害行為訴えるも却下〉
女子マラソンは世界歴代2位の記録を持つシファン・ハッサン(31=オランダ)が五輪新記録の2時間22分55秒で金メダルに輝いた。ハッサンは21年東京五輪ではトラック種目の5000㍍と1万㍍で2冠に輝いており、3種目での金メダル獲得。今大会も5000㍍と1万㍍で銅メダルを獲得しており、五輪1大会での長距離3種目でのメダル獲得は52年ヘルシンキ大会で男子マラソン、1万㍍、5000㍍の3冠に輝いたエミール・ザトペック(チェコスロバキア)以来の快挙となった。
ハッサンは9日に1万㍍決勝を走ってから34時間半後にマラソンをスタート。中盤で一度は遅れかけたものの先頭集団に追いついてレースを進め、最後のスプリント勝負では世界記録保持者ティギスト・アセファ(27=エチオピア)と肘がぶつかるほどの激闘を3秒差で制した。
5000㍍の予選も含め3種目で計62・195㌔を走った"超人″は「夢を見ているような気分です」とコメント。残り150㍍で離したラストは「これはただの100㍍走だ。頑張れ、シファン。あと1回。200㍍を走る人のように、ただ感じろ」と自身に言い聞かせながら走ったと明かした。
2人の肘がぶつかった場面について、エチオピアチームは妨害行為があったとして抗議。映像ではアセファが先に2度妨害したあと、ハッサンが肘打ちしたように見え、抗議は却下された。
②8月4日付「毎日新聞」電子版
〈五輪新記録で競泳4冠/22歳の「新怪物」レオン・マルシャン選手〉
パリ・オリンピック競泳男子で、フランスのレオン・マルシャン選手(22)が「個人4冠」をすべて五輪新記録で成し遂げた。五輪通算23個の金メダルを持つマイケル・フェルプスさん(米国)と比べられ、「新怪物」と称される地元の英雄は「信じられない。まずは一つのレースを勝とうと思っていた」と喜んだ。
◇会場は「レオン」コール
登場するたび、会場は地響きのような「レオン」コールが湧き上がる。
最初の決勝種目となった男子400㍍個人メドレーは、圧巻の強さだった。
最初のバタフライから独泳状態を築き、他の選手を全く寄せ付けずにフィニッシュ。銀メダルを獲得した松下知之選手(東洋大)に約6秒差をつけての優勝だった。
「(金メダルへの)チャンスは4回あったけれど、(一つ目の)クレージーなレースを終えてリラックスできた」
4冠に向けて一番のハードルになるとみられていたのが、競泳第5日の7月31日だ。
200㍍バタフライ、200㍍平泳ぎの2種目の決勝が重なる上、200㍍バタフライ世界記録保持者のクリシュトフ・ミラク選手(ハンガリー)、200㍍平泳ぎ元世界記録保持者のザック・スタブルティクック選手(オーストラリア)ら、強力なライバルも決勝に進んでいた。
200㍍バタフライは、150㍍までミラク選手を体半分ほどの差で追いかける展開となった。
「彼は僕よりスピードがあるのは知っていた。だからできるだけ付いていった」。最後のターン後のドルフィンキックでついに並ぶと、観客は総立ちになった。ラスト15㍍で見事差し切った。
続く200㍍平泳ぎでは序盤のリードを生かし、最後の50㍍で追い上げるスタブルティクック選手を振り切った。2日の200㍍個人メドレー決勝も危なげなく勝ちきると、右手の指で「4冠ポーズ」を作った。
「簡単なことではなかった。小さい肩に大きなプレッシャーがかかっていた。ポジティブな面に目を向け、ネガティブなことは考えないようにした」。地元の期待を一身に背負い、重圧とも闘っていた。
◇マルチスイマーの新しい形
マルシャン選手はフランス・トゥールーズ出身。両親が競泳のオリンピック選手という「水泳一家」に生まれた。フランスで人気のラグビーや柔道が好きだったが、最終的に両親に従って競泳を始めたという。
五輪初出場となった2021年の東京大会は400㍍個人メドレーで6位に入賞した。23年の世界選手権福岡大会では、400㍍個人メドレーで4分2秒50の世界新記録をマーク。フェルプスさんの記録を1秒34更新した。
マルシャン選手のすごさをより際立たせるのが、バタフライと平泳ぎという「全く別の種目」を、200㍍という負荷の大きい距離で勝ったことだ。
例えばフェルプスさんが08年北京五輪で8冠を達成した際は、個人メドレーの他は自由形とバタフライを泳いでいる。この2種目は、両手足の動きが同時か交互かという違いはあるが、ストロークの軌道は似ており、両方得意とする選手はしばしば見られる。
一方、マルシャン選手が制したバタフライと平泳ぎは、ストロークの軌道もキックの打ち方も別物だ。複数の種目で活躍する「マルチスイマー」の新しい形を示したと言えそうだ。
かつてフェルプスさんを育てたボブ・バウマン・コーチに師事する。「彼(フェルプスさん)と比べられるのを誇りに思う。彼の多くのレースを見てきたし、彼のコーチから学んできた。彼らが歩んできたのと同じ道を、僕は行こうとしている」
22歳。まだまだマルシャン選手の「1強時代」は続きそうだ。
③8月9日付「朝日新聞」(夕刊)
〈ジョコビッチ「キャリアの頂点」/テニス悲願の「金」/生涯ゴールデンスラム達成〉
青空にそびえるエッフェル塔をバックに、セルビアの国旗を掲げ、大観衆に笑顔をふりまく。
5日、ノバク・ジョコビッチ(37)はメダリストが呼ばれる「チャンピオンズパーク」のステージで幸せに浸った。
「五輪で勝つことは、アスリートのキャリアにとっての頂点だ」
前日、テニスの全仏オープンの会場、ローランギャロスでの男子シングルス決勝で、カルロス・アルカラス(スペイン)を7ー6、7ー6で破った。初の金メダルで、喜びの涙がこみあげた。
4大大会(全豪、全仏、ウィンブルドン、全米)のすべてと、五輪を制する「生涯ゴールデンスラム」の達成は史上5人目の偉業だった。
テニス選手にとって、年4回ある4大大会こそが究極の目標だ。ジョコビッチも2011年にウィンブルドンで初優勝したとき、言っていた。
「人生の目標にたどり着いた。絶対に忘れることのない最高の日だ」
しかし、4大大会のタイトルを積み上げ続け、男子で史上最多の24度も栄冠に浴してきたジョコビッチにとって、唯一欠けていたのが、五輪の金メダル。賞金はゼロでも、国家を代表する名誉に浸れる大会への思いは、年を経るにつれて、膨らんでいった。
初出場だった08年北京では銅メダル。続く12年ロンドンでは3位決定戦で敗れた。16年のリオデジャネイロは、世界ランキング1位で乗り込みながら、1回戦敗退。去り際、あふれる涙を隠そうともしなかった。
五輪の魅力とは何なのか。16年11月のツアー最終戦の記者会見で質問したことがある。
「五輪は独特な祭典だ。アスリートとして、祖国を代表して戦うことは、とてつもない名誉だ」
この会見の数日前、彼の故郷ベオグラードを訪ね、かつてのコーチらに話を聞いた。誰もが口にしたのは、ジョコビッチの愛国心の強さだった。亡き祖父との会話の記憶をたどってくれたコーチがいた。「孫が五輪の金メダルを取ると約束してくれた、とうれしそうに話していたよ」
1990年代、旧ユーゴスラビア紛争で祖国セルビアは「悪役」のレッテルを貼られ、ベオグラードは北大西洋条約機構(NATO)軍の空爆を受けた。偏見を抱かれがちな国に生まれ育ち、愛国心が深まったと話したことがある。
世界ランキング1位で臨んだ21年の東京五輪は3位決定戦で敗れた。「母国のファンを落胆させ、申し訳なかった。パリ五輪をめざす」
そう約束した。
37歳で迎えたパリの決勝で戦った21歳のアルカラスは、今年の全仏、ウィンブルドンの覇者だった。つい3週間前、ジョコビッチはウィンブルドン決勝でストレート負けを喫してもいた。
パリでの再戦はお互いに一度のブレークもない2時間50分の死闘を16歳上のベテランが制した。
「言葉で表せない。過去のビックタイトルで味わった喜びを超越する、幸せな感覚だ」
このほかにも、競泳女子で800㍍と1500㍍の自由形を制し、金メダルの通算獲得数を9個に伸ばしたケイティ・レデッキー(米国)、同じく競泳女子で400㍍個人メドレー、200㍍バタフライ、200㍍個人メドレーと3個の金メダルを獲得した17歳のサマー・マッキントッシュ(カナダ)、レスリング男子グレコローマンスタイル130㌔級で、夏季五輪史上初となる個人種目での5連覇を果たしたミハイン・ロペスヌネス(キューバ)。さらに世界新記録で金メダルを獲得した陸上男子棒高跳びのアルマント・デュプランティス(スウェーデン)、陸上女子400㍍障害のマクラフリンレブロニ(米国)を取り上げたかったが、紙幅の関係で断念した。
毎度のことであるが、日本の新聞はやたらに日本選手の活躍だけを報道していたと思いませんか。メディア関係者によると、日本では自国へのこだわりがかなり強いことは、メディア研究の分野でも海外のメディアの様子から明らかであるという。だから、陸上や競泳に関心を持っている吾輩としては、あらゆる手段で情報収集に努めているが、如何せんメディアが取り上げてくれないので大変です。そういうことで、偉大なスーパーアスリートの活躍を記録に残すために、今回も努力して文章を作成した次第です。