JR北海道の「北方4線」を守備せよ

JR北海道のことを書きたいので、新刊書「国鉄ー『日本最大の企業』の栄光と崩壊」(著者=JR九州初代社長・石井幸孝、中公新書、382ページ)を読んだ。著者(1932年生まれ、東大工卒)は、JR北海道の維持困難路線などを「北方4線」と名付けて路線の維持を国に求めるなど、吾輩が以前から主張していたことを補強しており、北海道の鉄道を応援する意味で嬉しくなった。

JR北海道の苦難の道と今後の処方箋〉

人口密度が鉄道の利益率に比例することは、すでに述べたとおりである。三島会社(※JR北海道、JR四国、JR九州のこと)のなかでも、特に人口密度が低く、長大な線区をいくつも持つJR北海道の鉄道事業が、開業当初から極めて厳しいものになるであろうことは、充分に予想されていた。そのため、経営安定基金が、JR九州には3877億円だったのに対して、JR北海道に対しては6822億円もついた。当時の金利7・3%で計算するとJR北海道の運用益は498億円になるが、翻せばJR北海道というのは、毎年これくらいの運用益がないと維持できない、もともと、そういう構造になっていたといえる。

ところが、JR発足数年後から金利が暴落しはじめた。計算上の運用益の総額は、20年間累計で1兆円ぐらいになるが、実際には、JR北海道の受け取り額は、その半分ぐらいの5000億円程度だったのではないか。JR北海道は、運用益の不足分をどのように補ってきたのだろうか。結局、修繕費を削るしか方法がなかったのだろうと思う。経営が赤字に陥り、文字通り、経営者は身を削って対応していたわけだが、その気持ちが痛いほどよくわかる。鉄道は、毎年設備補修投資をしないと危ない。技術的感覚でみたとき、挽回のためにはJR北海道には、設備更新に少なくとも毎年200億円×10年間=2000億円ぐらいの投資資金がすぐにでも必要ではないかと考える。北海道は、金利の低下のほか、本州と異なり、冬が長くて降雪量が多く、気温も氷点下が続くという厳しい自然条件の違いがある。当然、道外とは車両の構造も違うし、線路の設備も全部違う。除雪費用もかかる。さらには青函トンネルの経費もかかるので、非常に厳しい経営条件下にある。

JR北海道への提言〉

最近のJR北海道の経営動向をみると、大ざっぱな数字になるが、営業収入が約800億円、経費が1300億円、差し引き500億円の赤字になっている。内訳をみると、大きいものが、①札幌圏での収入が600億円、経費が700億円なので100億円の赤字、②北方4線(宗谷、石北、石勝・根室、釧網の各本線)は収入が50億円、経費が200億円、差し引き150億円の赤字、③北海道新幹線は、収入100億円に対して経費が200億円なので100億円の赤字になる。これらの現状に対し、どのような対応が可能だろうか。JR北海道の今後の経営について、次の4点を提案したい。

①札幌都市圏での黒字化

札幌都市圏は鉄道事業単体で黒字化することが理想だが、福岡都市圏の場合でも黒字にはならないので、やはり190万都市の札幌といっても周辺に大都市がない北海道ではかなり難しいだろう。今後、札幌駅の東側エリアに北海道新幹線のホームが新設されるので、むしろ、ビルを建設・運営するなどの不動産関連事業を鉄道と並んで中核にして、JR九州多角化モデルのような、収益が出る構造を軌道に乗せていくという方向性が考えられる。

②「北方4線」の維持

「北方4線」というのは、宗谷本線(旭川稚内間259・4㎞)、石北本線(新旭川~網走間234・0㎞)、石勝線・根室本線(南千歳〜新得間132・4㎞・滝川〜根室間443・8㎞)、釧網本線(東釧路〜網走間166・2㎞)の4線のことで、合計すると1200㎞くらいになる。これらの線区は人口密度が極めて少ないので、すべて赤字になる。

しかし、これらは、仮にお客さまが乗らなくなったとしても、国策上から絶対に廃線にしてはならない重要な線区ではないだろうか。第1に、これらは国境に面している。第2に沿線地帯は、農業や牧畜、水産業など、日本の食料供給地としての役割を果たしている。雪の問題があるが、北海道は九州の2倍の面積を持ち、耕地が広がっているので、国家の危機管理上、日本の食料自給率37%を上げるためにも、現在の2倍ぐらいの食糧増産を期待したい。鉄道はそのための強力なサプライチェーンである。

理想論かもしれないが、札幌〜旭川間まではフル規格での新幹線を開通させ、「北方4線」は、新幹線と同じ標準軌(1435㎜)に改軌すべきだろうと思う。そうなれば、稚内や北見、網走までスピードは出なくても貨物専用新幹線の運行が可能になり、新幹線物流と「北方4線」が結びつく。新幹線の車両を北海道のディーゼル機関車が牽引すればよい。また、そうすれば、東京などからの夜行寝台新幹線でやってきた観光客に、そのまま目的地まで乗り換えなしにゆっくりと乗車していただくこともできる。道東や道北の魅力的な車窓風景は、最高の鉄道商品になる。

「北方4線」の路線距離合計は1200㎞ぐらいあるので、「財政の上下分離」を実行し、JR北海道が運営を担当し、毎年100億円くらいかかる線路設備維持費などの財政的な面は国が負担するしかないと考える。本来、受け取ることができるはずだった経営安定基金の運用益の減少分を考慮すると、それほどむちゃな提案とは思えない。「北方4線」は、国家として失ってはならない線区だからだ。

特に道東の釧路港は、物流のための海路を考えると、北米(大圏コース)とヨーロッパ(北極海ルート)への最短ルートとして、今後重きをなしてくる。北極海ルートは、南回りより30%くらい短く、スエズ運河マラッカ海峡のような難関(チョーク・ポイント)がない。

また、道北・道東の鉄道は、日本新幹線の標準軌シベリア鉄道延長線の広軌の「ゲージ競合」最前線になってくるだろう。サハリン(旧樺太)は、すでに日本時代の狭軌をすべてロシアサイズの広軌に改築済みである。

③貨物の大動脈・青函トンネルの課題と新幹線

青函トンネルは、北海道新幹線開業前には1日の往復列車本数81本のうち、実に51本が20両編成のコンテナ列車という、貨物輸送にとって文字通りの大動脈になっていた。新幹線開業後もそれは変わっていない。本州の太平洋側沿い、日本海沿いのいずれの線区を通過したとしても、青函トンネルには貨物列車がボトルネックになって集中する。北海道から道外への食料輸送と、道外から札幌圏を中心とした生活用品などの輸送を担っている、ブロック間支援の要の空間といえる。

新幹線開業後の青函トンネル内は、狭軌(1067㎜)の在来線貨物列車と標準軌(1435㎜)の新幹線が共用走行できるための特殊なレール(3線軌条)が敷設されているため、両列車がすれ違う際には、新幹線が時速260㎞を160㎞に減速している。これについては後述するような、コンテナを新幹線で輸送する「コンテナ新幹線方式」を導入すれば減速問題は解決する。さらに新幹線物流によって輸送時間が大幅に短縮し運行本数が増加すれば貨物輸送量が増大するので、北海道への経済波及効果と、食料自給率向上効果ははかりしれないものがある。

東北・北海道新幹線東海道・山陽新幹線と同じくらいの距離だが、沿線人口分布がまったく異なる。仙台以北は将来も、本格的な物流でしか経営効果はないと考えられる。

なお、青函共用区間問題に関連して、「第2青函トンネル」を掘ったらどうかという意見がある。将来的には、「第2青函トンネル」は必要であると考えたい。ただし、トンネルは、新幹線単線2本(上り線・下り線別トンネル)にすべきである。このような長大トンネル(ドーバー海峡やアルプス基盤トンネル)では、安全上の配慮から、複線トンネルの例は青函トンネルだけである。また、青函トンネルは第1、第2とも、建築限界・車両限界とも、できるだけ大きくして、必要なときには、大型の貨物が運べるようにしておくべきではないかと考える。

④政府からの財政支援

JR北海道には、これまでに劣化した鉄道設備を補修するために今後の10年間くらいは、少なくとも毎年200億円くらい財政支援が緊急に必要である。前述したように明日にでも事故が起こりそうな心配事になっているというのは、これはやはり国の責任といえる。事故が起こってからでは遅い。そのほか、「北方4線」や青函トンネルの上下分離の財政支援にだいたい年間150億円くらいかかると予想される。

分割民営化当時の判断としてはやむをえなかったということもあるが、三島会社には、経営安定基金の運用益で調整をするというストック式ではなく、フロー調整方式が適していたのかもしれない(既述)。フロー式というのは、たとえば黒字の本州3社が収益金の一部を拠出して、赤字の三島会社を財政支援する方式を意味する。イギリスでは鉄道の公共性を重んじてフロー式が導入された。今の日本では、上場した民間会社にはなじまないという意見もあり、難しい方式とはいえる。上場している現在のJR各社には株主がいるため、各社からの直接的な金融支援は考えられないからである。

しかしながら、国土交通省財務省は一体となって、緊急にJR北海道への財政支援について検討しなければならない時期に来ているといえるだろう。たとえば、JR各社の税金総額3700億円(平成29年度[2017年度]、法人税等7社合計、連結、3772億円)から1割ほど財政支援していくという方法ならば、検討の余地が残されているのではないだろうか。繰り返しになるが、国鉄改革のしわ寄せを最も受けているJR北海道の線区は、国家戦略に深くかかわっている(コロナ禍で事態は急変しつつあるが、後に触れたい)。

これらの方針を進めていけば、札幌都市圏での事業の多角化や新幹線物流の成功につながり、JR北海道の経営改善の可能性が高まる。北海道新幹線は。東京〜札幌間における航空機との時間的競争に賭けるより、新幹線物流について検討するほうが現実的であり、得策といえる。令和12年(2030年)の札幌延伸を見据えて、それまでになんとかしなければならない。JR東日本、JR貨物、JR北海道で本格的に取り組めば、まだ間に合う。国の理解と支援が大切である。

本書は、1949年にGHQからの指示により独立採算を求められる「日本国有鉄道」(国鉄)として発足し、最盛期には職員数62万人を抱えて戦後の高度経済成長を支えたが、自動車の普及や旅客機の発達、さらに労使対立に直面して巨額の赤字を抱えたことから、1987に分割民営化されてJRに引き継がれた経緯を、わかりやすく克明に描き出している。このほか、JR北海道に対しては4つの提言を示して、将来的には明るい希望と未来があることを示してくれている。繰り返しになるが、

○国境に面した「北方4線」約1200㌔を国策上から廃線にしてはならず、線路設備維持費を国が負担すべきだ。

○政府は、上場4社が国に納める税収の1割程度を経営が苦しいJR北海道の支援に回すといったことを考えてもよい。

との提言を示している。

そもそも鉄道は、民間会社でも公共性が高い部門で、鉄路の廃止問題は赤字線単独や鉄道事業の収支だけでは議論できない面がある。それにも関わらず、JR北海道は16年11月に「当社単独では維持することが困難な線区」として、営業路線の半分にあたる10路線13区間を公表した。このうち、利用者が特に少ない5区間は全て廃止・バス転換することで沿線自治体と協議を進め、これまでに4区間廃線を受け入れ、留萌線も2段階で廃止されることが決定し、このほかの赤字8区間は、地元負担を前提に存続を目指すことになっている。

吾輩的には、廃線が続くことは残念に思っているが、以前から札幌〜帯広〜釧路(根室)〜網走〜遠軽旭川〜札幌と旭川稚内間は、全道を鉄道で網羅する意味からも絶対に廃線にしてはならないと訴えてきた立場から言えば、まだ許される範疇にある。これらの路線は1㌔当たり1日平均乗客数(輸送密度)2000人未満で、鉄道会社単独で維持が大変困難なレベルであるが、今年2月に始まった「ウクライナ戦争」を見ればわかる通り、戦時には大量輸送や運行の安定性など鉄道の強みから兵器や軍用資材を輸送しており、平時にも保持する必要があるからだ。

欧米では、自家用車やバス、飛行機と比べると、鉄道は人口密度が高い地域や都市間の大量輸送に適していることから、鉄道の維持に国費を投じている。吾輩も以前からJR北海道の財政支援に対しては、「北海道開発費」を投入するべきであると訴えてきた。本書でも、国の支援を主張しているが、そもそも北海道には「北海道開発費」が計上されている。現在は年間6000億円強であるが、今から約20年前の書物には「直轄事業と補助事業をあわせて1・1兆円の予算を持つ北海道開発局(2004年度)は、3兆円程度の予算の北海道にとっては巨大な存在」と記述されている。つまり、その巨大な予算は、何のために計上されてきたのか、最低限の交通網を維持するためではないのか、と言いたいのだ。

それにしても、吾輩が存続を訴えてきた赤字8区間などを「北方4線」というネーミングで示したことには驚いた。素晴らしいネーミングで、さっそく今回のタイトルに使わせてもらったが、今後も大いに使わせてもらうつもりだ。