映画「アイヌモシㇼ」を観てほしい

最近、地元の図書館で映画専門誌「キネマ旬報」(7月上旬号)を見たところ、昨年2月に鑑賞した映画「アイヌモシㇼ」の解説記事が掲載されていた。そこで、まずはこの記事から紹介する。

アイヌ文化の精神を娯楽映画で未来へつなぐ〉文=藤井克郎

北海道で約3年間、新聞記者生活をを送った経験から言うと、アイヌ文化はおいそれとは手を出しにくいというのが正直なところだ。長い差別と偏見の歴史がある上に、現在ではアイヌの血を引く人たちもほとんどアイヌの言葉を解さないほど、文化の継承には苦労している。木彫りの熊やウポポ(歌)、リムセ(踊り)といった伝統の工芸や芸能も、暮らしに根づいているというよりも観光の側面が大きい。近年、漫画『ゴールデンカムイ』の大ヒットなどで若い人たちにも身近になってきたとは言え、和人が簡単に扱うテーマではない。

長編第1作の前作『リベリアの白い血』でニューヨークに渡ったアフリカ移民の物語を紡いだ北海道出身の福永壮志監督は、企画からじっくりと5年の歳月をかけて、未来へとつなぐアイヌ文化の精神を娯楽映画に織り上げた。

阿寒湖畔のアイヌコタン(集落)に民芸品店を営む母と2人で暮らす中学生のカント(下倉幹人)は、卒業後はコタンを離れたいと思っていた。そんなある日、亡き父の友人、デボ(秋辺デボ)から2人だけのキャンプに誘われる。死者の国と通じているとされる森の奥の洞窟を見た帰り、カントはデボから、コタン外れで飼われている“ちび"と名付けられた小熊の世話をするように頼まれるが……。

夏から秋。冬と季節ごとに表情を変える阿寒の美しくも厳しい自然を背景に、自らのアイデンティティに悩むカントの思いやコタンの住民の日々の営みが重層的に描かれる。中でも中核をなすのが、熊の姿になってアイヌモシㇼ(人間の住む大地)にやってきた神様の魂をカムイモシㇼ(神々の世界)に送る伝統儀式、イオマンテだ。残酷だとして久しく行われておらず、映画の中でもコタンの人々の間で賛否両論が巻き起こる。かわいがっているちびがイオマンテで送られると知ったときのカントの心の揺れは最大の見せどころだろう。

福永監督がこの作品を作る上で最も気にかけたのは、アイヌ自身が演じるということだ。カント役の下倉幹人をはじめ、中学生たちのアイデンティティの葛藤はそのまま実人生にもつながる。「和人がアイヌを題材にした映画を作るに当たって、どれだけ気をつけてもつけすぎることはない」と福永監督は振り返るが、その気持ちは画面の隅々にまで行き届いている。

DVDには、監督はじめ非アイヌのスタッフとアイヌの出演者らが、撮影に入る前に神への祈り(カムイノミ)を捧げる場面なども特典映像として収められている。映画がもたらす豊かな時間に身を委ねる中で、自然とアイヌ文化が染み込んでくるに違いない。

この映画「アイヌモシㇼ」(人間の国)は、2020年10月17日から一般公開され、同年にDVD発売(本編84分+特典映像26分)されたことから専門誌が取り上げたようだ。吾輩は昨年2月に鑑賞し、4月23日に題名「アイヌ文化の理解力アップを求めて」を書いたが、その際には僅か6行だけの文章で言及した。しかしこの映画は、アイヌ映画の“最高傑作"と考えているので、改めて映画の宣伝を兼ねて的確な解説を紹介することにした。今でも1年半前に鑑賞した映画であるが、未だに出演者、ストーリー、素晴らしい映像を思い出す。

それにしても出演者の下倉君の目の輝き、秋辺氏の如何にもアイヌといった風貌、さらに下倉君の母親役を演じた実の母親の自然な演技が素晴らしかった。さらに秋辺氏と下倉君の母親は、最近よくテレビやネットで見かけ、そのたびにこの映画を思い出す。そのくらいこの映画は、吾輩の記憶の中に影響を残している。

最後は、アイヌ社会の不思議な出来事を紹介したい。今年の5月16日(月)に日高管内平取町のニ風谷アイヌコタンを訪れた際、アイヌ文化博物館を見学し、その後に同館の周りの記念碑を見て回った。その時、博物館から出てきた若い職員が親切に記念碑について説明してくれたので、吾輩は「来年、知里幸恵の映画が完成するので、今から楽しみですね」と言った。だが、若い職員はただただ怪訝な顔をしているので「知らないのですか」と尋ねると「知りません。私は事務職ですので…」と弁解した。

その後、同行した「吉村昭研究会」会長に「博物館の学芸員でなくとも、知っていて当然のことだ」と多少怒りながら近くのアイヌ文化情報センターに入った。センター内を一回りして、部屋の隅で大人男女3人が昼食していたので、「今、博物館から出てきた若い職員に『来年、知里幸恵の映画が完成するので楽しみだ』と言ったところ、怪訝な顔をされたので驚いた」と言ったところ、この3人も顔を見合わせて「私たちも知りません」と述べたのだ。

そこで吾輩が「昨年秋に北海道新聞に掲載されていたでしょう」と述べたところ、一人の女性が慌ててスマホで調べはじめ「あーあ、朝日新聞に掲載されています。北海道新聞に載っていれば、分かったと思います」と言うではないか。

帰宅後に調べると、昨年12月11日付け「北海道新聞」に掲載されて、吾輩は翌12日に「知里幸恵の映画が制作されるという」という題名で文章をネットに掲載している。それを考えると、既に半年くらい日にちが経っているのに、アイヌ関係者が全く知らなかった現実に、今でも腑に落ちないのだ。