「銅像」の存在意義を考える

8月6日付け「朝日新聞」は、欧米諸国で起きた“銅像倒し"を取り上げ、紙面全部で「倒される『銅像』とは」という見出しで、有識者3名の見解を掲載した。そこで、まずは3名の見解を簡単に紹介する。

①堂本かおる・米在住フリーライター

銅像には確かに「昔の偉人」をたたえる意味もありますが、それを通じて「今の自分たち」の優位性を誇る機能を果たすこともあるのです。〜つまり、それらは建立された時点で「白人の優位性」を誇示しようという意図があったといえる。ー

ー現在の私たちと同様、過ちを一つも犯さなかった100%の偉人はいない。悪い側面も併せ持つ人物の銅像をすべて撤去するべきだとは思いません。ですが奴隷制は、いまの米国の根幹に関わる問題です。今の米国社会が抱える多くの病理は、奴隷制から始まった人種差別に由来する。ー

成田龍一歴史学者

ー歴史上の人物の銅像には、作製された当時の人々の歴史認識が表現されています。〜しかし、現在の歴史解釈から見れば、その顕彰は先住民の存在や虐殺の過程を無視し、その後の白人の支配を当然視する考えの上に成り立っている、ということになる。ー

ー私は銅像自体を抹殺し、亡きものにする「清算主義」が良い方法だとは思いません。コロンブス像をなくしてしまえば、「新大陸の発見者」として賛美した時代や、そういう歴史解釈があったという過去の痕跡まで消去されかねないからです。ー

木下直之・美術史家

ー日本では、1890年代からわずか半世紀の間に、各地に政治家、軍人、実業家など数多くの銅像が建てられましたが、大半は戦時中の金属供出によって姿を消しました。ー

ー日本では、銅像と公共空間が強く結びついていません。市民が、その足元に結集するような銅像が日本にあるでしょうか。銅像は公共性に欠け、市民はほとんど無関心です。だから「この像がここにあっていいのか」という議論が起きる余地がない。ー

欧米諸国では、人種差別という問題や課題を長年抱えているので、銅像一つ取っても大きな事件になる。だが、我が国でも多少そういう問題を抱えており、それらを含めて銅像をめぐる話題を取り上げたい。

今年4月(15日の除幕式はコロナ過で中止)、柔道の創始者で「日本スポーツの父」と呼ばれる嘉納治五郎(1860〜1938)の銅像が、我孫子市手賀沼を見下ろす別荘跡地に建立された。建立したのは、市民団体「我孫子の文化を守る会」で、20年に設立40周年を迎えることから記念事業として、18年春から募金活動を開始し、約500人から計800万円を集めた。吾輩も募金を考えていたが、その機会がなくスルーしてしまった。

そのような実情であったが、除幕式の前日に現地を訪れ、白い布でぐるぐる巻きの銅像を確認し、除幕式当日にも現地を訪ねた。除幕式当日は、ちょうど会場の撤去中であったが、嘉納像(高さ約2・1㍍)は和服姿で凛と立ちすくんでいた。それもそのはずで、原型は36年に嘉納の喜寿を記念して、「東洋のロダン」と称された彫刻家・朝倉文夫(1883〜1964、文化勲章受賞者)が制作し、同形の銅像はいずれも嘉納ゆかりの地の5体(筑波大学東京キャンパス、講道館筑波大学灘高校台東区朝倉彫塑館)と同じであるからだ。原型は、東京都台東区が所有することから、同区に600万円を寄付する代わりに新しい銅像を贈呈してもらう形で実現した。制作したのは、埼玉県川口市の「岡宮美術」というから、さすがに“鋳物の街"である。

続いて、今年5月8日付け「北海道新聞」の記事から紹介する。

ー旧シャクシャイン像再建、今秋完成へ寄付募る 新ひだかアイヌ民族団体、支援訴えー

新ひだか】2018年に真歌公園(町静内真歌)から撤去された旧シャクシャイン像を再建する動きが本格化している。4月には地元のアイヌ民族関連3団体が寄付の募集を開始。今後、現存する型枠を富山県高岡市の鋳造会社へ発送するといい、秋ごろの完成を目指している。

活動を進めているのは、任意団体シャクシャイン顕彰会と静内アイヌ協会、三石アイヌ協会からなる復刻委員会。静内アイヌ協会の葛野次雄会長が委員長を務める。再建する像は高さ4・2メートルのブロンズ製。制作費1500万円を見込み、関係者や企業などからの寄付で賄う。

この記事を読んで、驚くともに嬉しくなった。その理由は、3冊目の本のグラビアなどで、1970年に設置された旧「シャクシャイン像」と新像の写真を掲載したが、旧像は18年9月に取り壊され、もう二度とお目にかかれないと考えていたからだ。

ところで、以前から感じていたことであるが、アイヌの有力な地域「新ひだか町」のアイヌ民族は、色々な意見が交錯しているようだ。例えば、アイヌ民族団体が4つあるが、旧「シャクシャイン像」再建には最も有力なアイヌ組織「新ひだかアイヌ協会」が加わっていない。さらに、18年9月に披露された新「シャクシャイン像」は、あまりにも旧像と雰囲気が違う。また、今年5月に北海道アイヌ協会は総会を開き、新ひだかアイヌ協会の会長を理事長に選出した。要するに、新ひだか町の主流派のアイヌ民族は、新像の姿と同じように和人との関係を未来志向で考え、一方の反主流派はその考え方に反発しているようだ。それを考えると、吾輩が長い杖を空の彼方に差し伸ばしている旧像の方が、シャクシャイン像にふさわしいと記述することは、主流派から見れば“問題発言"なのかもしれない。

最後は、銅像の制作地のことであるが、関東に居住していると、自然と埼玉県川口市は“鋳物の街"であることを知るが、富山県高岡市金屋町のことは知らない。調べてみると、高岡を開いた加賀藩前田利長が1611年に鋳物師7人を移住させたことに始まり、もう400年以上の伝統がある。しかし、以前は「高岡鋳物」を支える金屋町の人口は2000人を超えていたが、現在は約600人にまで減少しているという。いずれにしても、旧「シャクシャイン像」の完成が待たれるところである。