小池百合子を免罪符する日本社会

現在、発行部数20万部と宣伝されている書名「女帝 小池百合子」(著者=石井妙子文芸春秋、2020年5月30日第1刷)を6月上旬に読了した。その後、雑誌の書評やネットの動画などで参考情報に努めてきて、今では“小池の学歴詐称"は間違いないと考えている。

その説明前に、本書を読んで感じた3点を記す。

○ここまで学歴詐称が明らかになれば、今回の都知事選には出馬しないのではないか。学歴詐称は“時効が3年"というから、今回立候補すると、刑事告発を受けて捜査が始まる。

北朝鮮の日本人拉致事件と同じだ。つまり、多くの人が小池のカイロ大学卒業を疑っていたにも関わらず、主要メディアはどこも調査報道しなかった。

松本清張原作の映画「砂の器」を思い出した。つまり、嘘を抱きながら生きたことが一緒である。

本書の書評としては、情報誌「選択」(7月号)の河谷史夫の記事を全て掲載したいが、ここでは紙幅の都合上、一部分だけ紹介する。

行状1ー阪神・淡路大震災で被災した芦屋の女性が窮状を訴えに来た。小池は指にマニキュアを塗りながら応じた。一度も顔を上げることなく、全部の指に塗り終えるとこう告げた。「塗り終わったから帰ってくれます?」。

行状2ー「5名生存、8名死亡」という醜い知らせを受けた拉致被害者家族の中央になぜか小池がいた。記者会見が終わり、部屋を出た小池が慌ただしく戻ってきた。「私のバックがないのよっ」。見つけて叫んだ。「あった、私のバック。拉致されたかと思った」。

行状3ー水俣病訴訟で最高裁が原告側勝訴支持の画期的判決をした。だが小池環境相は会見をしない。怒る原告団の前に現れた小池は、ただ官僚の作文を棒読みし、5分で会見を打ち切った。

行状4ーアスベスト被害者に要請されて小池環境相はやっと面会した。「崖から飛び降りる覚悟でやる」と口にしたが、調査すらしなかった。後日「あなた、崖から飛び降りると言ったでしょ」となじられて、「言ってませんよー」。

行状5ー女性初の防衛相になったとき、記者に取り巻かれて言った。「明日、何を着て行こうかと思って悩んでいます」。さらに事務次官に「イケメンの自衛官を15人集めて頂戴」と命じ、彼らに囲まれる姿を撮影させると、PR写真としてマスコミに公開した。

行状6ー「ジャンヌ・ダルクになる」と言って都知事選に出た小池は、「築地は守る、豊洲を活かす」と名言。「築地女将さん会」の会見はそれを信じて応援した。当選後一度だけ築地に来たという。「ジャンヌ・ダルクになってください」との声に、小池は笑って返した。「火あぶりになるからイヤ」。

そして最後は「信義なし、国家観なし、政治信条なし、専門知識なし。ただ注目を浴びたいだけの不実で空虚な政治家像が浮かんでくる」と断罪している。

ネットで参考になったのは、自ら逮捕歴4回という朝堂院大覚(ちょうどういんだいかく)の発言である。同人の動向は本書でも記されているが、経済的に破綻した小池家を面倒を見た人物であることから、小池の経歴も詳しく、こう発言している。

ー当時、父親・勇二郎から「百合子はカイロ大学の2年生から進級できなかったので、大学を退学することにした」と言われた。また、日本テレビ系「竹村健一の世相講談」(1979年から85年)のサブキャスターを務めることになった際、父親から「カイロ大学卒業で行きたいので、宜しく願いたい」と言われたが、同大学卒業で竹村のサブキャスターに収まった以上、父親の発言に同意した。しかし、最近の百合子を許せないのは、都議選前に『築地は守る』と言ったのに、その後に跡地利用を変更したことだ。こんな“嘘つき"を都知事にしてはならないと思った。ー

小池は、これまで1972年10月にカイロ大学文学部に入学、76年10月に首席で卒業したというが、真実は72年に2年生として編入したが進級出来ず、その後の3年間は大学に通っていなかった。そうであれば、元同居人(5年間のカイロ生活のうち約2年間を同居)で、本書の証言者・早川玲子(仮名)も騙されていたのではないか。つまり、本書では「カイロ大学に4年間通い、卒業試験が不合格だった」と記されているが、実は73年以降の3年間はアルバイトにいそしんでいた。

その早川は、著者に対して非常に重要な証言もしている。小池が帰国直前の76年末に「あのね。私、日本に帰ったら本を書くつもり。でも、そこに早川さんのことは書かない。ごめんね。だって、バレちゃうからね」と発言している。今に至ると何となく、その情景が浮かび上がるではないか。

次は、女性3人の見解を紹介する。まずは、石井妙子で、「週刊文春」(7月10日号)で語っている。

ー小池さんは『女性であること』『女性のイメージ』を巧みに利用した。『女性』も本書のテーマの一つです。有能な“女性政治家小池百合子"というキャラクターを、小池氏は今も演じ続けています。メディアにはそれを持て囃してきた罪がある。彼女の共犯者です。『小池百合子』を生み出した、日本社会の歪みにも目を向けて欲しいです。ー

続いて、少子化ジャーナリスト・白河桃子で、「サンデー毎日」(7月19日号)で書いている。

ー事業に失敗したり選挙に落選したらりする海千山千の父親。その父に可愛がられ、同時に支配された「父の娘」が、父が夢見た政界の階段を駆け上がっていく昭和の政治史が後半。著者は緻密な取材により、息を吐くように嘘をつく小池氏の真実を暴く。その説得力が本書の要である。ー

3人目は、ノンフィクションライター・菅野朋子で、「文芸春秋」(8月号)で書いている。

ー『女帝 小池百合子』を読み、韓国で起きた事件を思い出した。2007年、日本と同じく男社会、タテ社会、さらには超のつく学歴社会といわれる韓国で“美術界のシンデレラ"と呼ばれた女性の学歴詐称が明るみに出て、ついには実刑(1年6カ月)となった通称「シン・ジョンア事件」だ。ー

ところで、吾輩は本書を読んで、映画「砂の器」を思い出したと書いたが、本書の新聞広告で作家・林真理子は「面白さに震えた。悪漢小説の興奮と、娘版『砂の器』の抒情がある。」と記している。さらに、前述の「選択」で、河谷史夫は「読みながら、松本清張の『ゼロの焦点』と水上勉の『飢餓海峡』が想起された」とも記している。要するに、我々3人は、知られたくない過去を秘めて、嘘を抱いて生きているという意味で、同じ情景を思い出したのだ。だから、いずれ“涙ちょうだい"の映画を撮影する映画監督が現れてくると考えている。でも、吾輩は小池よりも長生きする自信がないので、その映画を観ることが出来ずにこの世を去ることになる。

最後は、著者・石井妙子のことを書く。同人は、情報誌「選択」で「をんな千一夜」を連載中で、その内容は驚くほど深層に迫る女性評伝である。例えば、7月号(第40話)は「高須久子吉田松陰が心交わした『女囚』」、6月号「樋田千穂一伊藤博文が愛した『文学芸者』」、5月号「佐藤寛子長州閥『長期政権』の総理夫人」、4月号「岸良子ー『昭和の妖怪』に仕え尽くした同胞」、3月号「佐藤茂世ー二人の総理を育てた『晋三の曾祖母』」というふうに、素晴らしい女性評伝を書いている。だから今では、石井妙子は女性版「吉村昭」ではないかと考えている。それくらい豊富な取材と緻密な書き方をする作家であるのだ。(敬称略)