CIA職員の誇り高い心得

最近、久しぶりにスパイ本を読了した。その本は「CIAスパイ養成官ーキヨ・ヤマダの対日工作」(著者=山田敏弘)で、主人公は戦後しばらくして渡米し、アメリカ人と結婚。その後、アメリカの諜報機関であるCIA(中央情報局)に入局し、スパイに日本語や日本文化を教えて、引退の際には最高位のメダルを授与された。

まずは、主人公のキヨ・ヤマダの経歴を紹介すると、

○1922年(大正11年)9月29日に、日本名「山田清」として東京に生まれる。兄弟は、7歳違いの姉(日系アメリカ人の男性と結婚して、40代で死亡)、5歳年上の兄(45年に戦死)である。

○学歴は、東京女子高等師範学校(現在のお茶の水女子大学)附属高等女学校、東京女子大学の英語専門部、東京文理大学(現在の筑波大学)を卒業。

○神奈川県藤沢市にあった湘南白百合学園で英語の臨時講師(3年ほど)。フルブライト奨学生制度に挑戦して合格。ミシガン大学大学院を1年で卒業し、55年9月にアメリカ人と結婚して、「キヨ・ヤマダ・スティーブンソン」になった。

○新聞の求人欄に「政府機関の日本語講師」を募集する記事を発見して応募。68年に46歳でCIAの日本語インストラクターとして採用される。

○00年に引退(77歳)した時には最高位のメダルが贈られた(死亡は10年12月27日)。

要するにキヨは、77歳で引退するまでの32年間、多数のスパイを育成して日本に送り出したほか、日本語インストラクターという枠を超えて、教え子の活動に関わった。例えば、日本の全国紙の有名な記者をCIAの協力者にするなどの工作に深く関与したり、企業にCIAスパイを送り込む工作にも従事した。

このほか、本の中には、CIAに関して次ぎのようなことが記されていた。

○CIA本部には、ロビーにメモリアルウォール(追悼の壁)と呼ばれる壁があり、そこには身元が明かされるなどして殺害された職員たちの数を示す星が彫られている。現在、133の星がある。

○日本の情報機関でも同じであるが、とにかく「弱点」を見つけ、脅すわけではないが、そこを突くー。これこそ、情報機関関係者の基本と言ってもいいかもしれない。

○そもそもCIAは、国外で大口のビジネスを行う米企業のために、契約を取りまとめる協力をし、その見返りにマージンなどを手に入れて、その国で使う工作資金にしていたと言われている。

○秘密工作を実施するに不可欠なのが言語。実は、アラビア語やロシア語、中国語といった重要言語を使える諜報員は、CIAでずっと人員が不足している。

アメリカの大学ではクラスの評価は4段階で示されるが、CIAでは大学を通して4段階で平均3・0以上の成績が求められる。現在なら実質的に、大学院卒業の修士号か博士号が求められるという。

以上、スパイ本の内容を紹介したが、吾輩がこの文章を作成した理由は、CIA幹部であるマーク・ケルトンの発言がある。同人は、80年代からソ連や、ソ連の勢力圏にあった東欧諸国に駐留し、対ソ連工作を実施していた元CIA幹部で、国家秘密局(NCS)の防諜担当副次官も務めた。さらに、国際テロ組織アルカイダの最高指導者だったウサマ・ビンラディンが殺害された時、パキスタン支局長として作戦の最前線で指揮に当たっていた。

ソ連そしてロシアの諜報機関員たちは米国以外では世界で最もプロフェッショナルです。対抗するのが非常に難しい敵だと言える。民主主義勢力に対する諜報活動で長い歴史を持っており、彼らはそれに誇りを持っている」

と語る。さらに、

「その活動はソ連時代からロシアへと受け継がれているのです」

とも述べている。〜

さらにスパイの心得もこう語った。

「スパイの仕事は難しい。諜報機関の任務は、仕事ではない。業務ではない。どうしても担いたい、という強い衝動で働くものです。また仕事そのものは、物を積み上げていくというのに近い。最初はもちろんインテリジェンス活動について公式な訓練も受けるが、ほとんどは現場で身につけていくのです」

そしてこう続けた。

「スパイの世界とは、一度入ったら後戻りはできない極秘の世界であり、非常に閉鎖された世界なのです。そして、まったく違う視点で世界を見ることになる。大事なことは、自国を守り、同盟国を助け、自国民を守る手助けをするためのインテリジェンスを収集することです」

その上で、私たちがどう諜報機関と付き合っていくべきかについても言及した。

「秘密と民主主義は、うまく溶け合わないものです。共存しないし、してはならないのです。そこには緊張関係が必要で、それも民主主義システムの一端なのです。アメリカなど私たちの世界は、秘密があるのは当然だと思われているロシアや中国とは違う。民主主義では、もちろん諜報機関が何をしているのかを問われなければいけない。国民はそれを気にすべきだし、なんでも秘密にやっていいと言うべきではない。アメリカ人は正しく、諜報機関に対して不快感を持っているし、持つべきなのです」

以上、本から引用したが、非常に意味深い発言で、さすがに民主主義国家・アメリカの情報員と思った。つまり、我々日本人が持ち合わせている意識、価値観を持って職務に励んでおり、間違っても全体主義国家というか、権威主義的な国家であるロシアや中国、ましてや北朝鮮の情報員からは絶対に聞けない発言であるからだ。