三菱スペースジェットの開発状況を考える

以前から国産初のジェット機「三菱スペースジェット(旧MRJ)の開発に期待してきたが、またもや三菱重工は2月6日、正式に6度目となる納入延期を正式に発表した。当初、スペースジェットは、2008年に開発をスタートし、納期は13年であったので、納入は早くとも7年遅れになった。そして、当初はMRJ(三菱リージョナルジェット)と言っていたが、昨年6月に「広々とした」という意味の「スペーシャス」にちなんで「三菱スペースジェット」と改称した。もしかしたら、計画案の段階で、これまでの経緯が予想できたら、日の丸ジェットの開発は計画倒れになっていたかもしれない。

そのような悲惨な状況であるので、古本屋で「国産旅客機MRJ飛翔」(著者=前間孝則、2008年6月1日第1刷発行)を購入して勉強してみた。そこで当初、どのような将来像を描いていたのかを確認したい。

○現在、数十席クラスの民間機は開発だけでも千5百億円〜2千億円くらいはかかり、本格的な量産事業に乗り出すとなれば初期段階でもさらに2千億円〜3千億円が必要となる。だから、回収するまでに20年とか30年といった長い年月を要する。

○今後20年間、70から90席の機体の需要が5千機あると予想されていた中で、07年10月9日の会見で、三菱重工の佃社長は「5千機の20%、少なくとも千機はほしい」と述べた。しかし、MRJが市場に登場するのは早くて13年であるから、諸々の事情を考えると、残りは2千4百機程度に減ることになる。

○さらに佃社長は、MRJは「ハイリスク・ハイリターン」の事業。初期の投資負担が重く、最初の4〜5年は大赤字。(中略)70機ぐらい造って撤退するのが最悪のケース。その時の損失も計算しているが2千億円台の赤字までなら事業化する。航空機事業は成功した際のメリットが計り知れないからだ」とも述べた。

そのほか、国も旅客機の開発費に対する支援は総額の3分の1というのが、ほぼ世界の航空機業界のコンセンサスとなっているので、日本政府も当初5百億円という金額を支出している。それでは、何故に国はこれほどまでに民間機産業に力を入れるのか。1989年にMIT(マサチューセッツ工科大学)産業生産性調査委員会が述べている。

「『経済的な失敗は、民間航空機ビジネスにおいては一般的なことである』(中略)この事業のリスクは大きく、企業が損益分岐点に達するまで持ちこたえるには強大な力が要求されるので、民間航空機メーカーは政府の支援なしには生き残り得ない。一方、各国政府にしてみれば、つぎのような誘因があるため、援助を行っているのである。すなわち、民間航空機産業は先進的な製品と加工技術の利用者であり、推進者であること。国家の威信を強化すると考えられること。またそれは、戦時にはきわめて重要な産業であることなどである。このため政府は、民間航空機の開発と販売の双方において、実質的かつ非常に重要な役割を担っている」

以上の解説を聞くと、現在の三菱スペースジェットの開発を諦めない理由が理解できる。。それでは、現在の状況はどうなっているのか(20年1月14日付け「朝日新聞」から)。

○スペースジェット開発につぎ込まれた投資額は6千億円超とされる。三菱重工は昨春時点で、回収には「千5百機くらい販売しないといけない」としていたが、受注残は307機。

○現在開発中の機体は定員が76〜92人の「スペースジェットM90」で、定額は50億前後。

○スペースジェットでは全体の7〜8割の部品を海外から調達。試験10号の完成遅れも、海外からの部品納入の遅れが一因とされる。

次に、開発中の三菱重工事態の問題点を指摘する(週刊誌「日経ビジネス」『20・01・06』)から)。

①ものづくりへの過信ー機体などのものづくりを重視し、配線などの電気系を軽視。

②情報共有不足ー不都合なことは隠し、情報を本社に伝えない。現場の状況が不透明に。

③エリート意識ー何事も自前でできると信じ、関係者に対して「上から目線」になってしまう。

この中のエリート意識は、航空機事業を手がける名古屋航空宇宙システム(通称、名古屋)を差している。名古屋は、東京大学工学部の中で成績優秀者が集まる航空工学を専攻した技術者が多い事業所だ。中でも、戦闘機担当がエリート中のエリートという。ところが、前記で紹介した著書の中に、次のような一節がある。

三菱重工の旅客機開発に対する認識については、全日空の関係者が赤裸々に語っている。

「旅客機に求められてる細かな仕様がわかっていない。戦闘機をつくるのと訳が違うんだから」ー

要するに、既に開発以前から危惧されていたことが現実化してしまった面がある。その意味では、日本のエリートの意識、心の持ちよう、そして育て方を考えなければならない課題を提起している。つまり、学力が高くても、全てに関してオールマイティーではないことを自覚させなければならない。

実は吾輩は、三菱重工を応援する意味で、もう20年前から三菱重工の株式を持ち続けている。だから、三菱重工の経営状況を注意深く見ているが、理解できないことが多々ある。例えば、三菱重工業長崎造船所は、11年に受注した大型客船が3度の火災などで工期が遅れ、巨額損失(計2540億円)を計上した。さらに、その前の02年10月1日にも、同じく長崎造船所で豪華客船(旧「ダイヤモンド・プリンセス」、現在の「サファイア・プリンセス」)の火災を起こしている。もう過去のことだが、いずれも火災原因は“放火"が疑われたが、犯人は特定されなかった。

実は吾輩は、02年の火災後すぐに、長崎港から五島列島(福江)にカーフェリーで向かった際、建造中の豪華客船を船上から見た。豪華客船の上部だけであるが、陸地の奥で建造中の豪華客船が見えたのだ。

そもそも三菱重工は、我が国の発展に最も貢献してきた国策企業である以上、三菱重工の停滞は絶対に許されない。それを考えると、三菱重工の内情は大丈夫なのかと気になるのだ。例えば、三菱重工の採用、昇進、会社の雰囲気などが、おかしな状況に陥っているのではないか、と心配しているのだ。

その背景には、吾輩は典型的な“ダメ組織"に在籍していたので、ダメ組織の実態が良く判るのだ。愛国心のある人物は、高い位置から物事を考え、目先の問題点を見逃すことが出来ない。ただ単に出世を目指すヒラメ社員は、ただただ上司に忠実で、自分で物事を考えることが苦手で、想像力が欠落している。つまり、三菱重工は、そのような実態にあるのではないかと心配しているのだ。