新刊書「暴君ー新左翼・松崎明〜」の書評

本年4月28日初版の新刊書「暴君ー新左翼松崎明に支配されたJR秘史」(著者=牧久・元日経記者、476P、小学館)が発売されたので、吾輩は5月末に購入できた。読了後、余りにも内容が充実した作品であるので、吾輩の「書評」よりも雑誌や新聞に掲載された「書評」を紹介することにした。その結果、次に紹介する二本の「書評」を紹介することにした。

1.林雅彦・甲南女子大学教授(「週刊東洋経済」2019年6月22日号)

〈JR各社の命運を分けた経営者の覚悟の違い〉

評者は、学生時代、各クラブへの活動援助費を学生自治会ピンハネしないための監視役を一時していた。ある日、自治会の主要メンバー3人が中核派に殺されてしまった。そう、3人は極左過激派組織「日本革命的共産主義者同盟革命的マルクス主義派(革マル派)」の活動家だった。

本書は、動労(動力車労働組合、旧国鉄の労組の1つ)を拠点とした革マル派の最高指導者、松崎明の一代記かつ、旧国鉄及びJR各社の労働組合史だ。内容の多くは目新しくはないが、1冊にまとまると、その迫力に圧倒される。

松崎明といえば、「コペ転」。コペルニクス的転回の略で、国鉄改革の際、松崎率いる動労が突如反対から賛成に回ったことを指す。これが分割民営化実現に大きく寄与した。

政府、JRに恩を売った松崎は、国労以外の旧国鉄の労組を糾合したJR総連を支配、また、JR各社のみならず政界や警察の一部にまで取り入ることに成功する。

こんな話もあった。2003年、JR総連は組合事務所への警察の捜査が不当労働行為に当たると、国際労働機関(ILO)に提訴した。当時、在外公館でJR総連が過激派支配下にあることをILOに説明していた評者は、JR総連から公文書偽造容疑で告発をうけた(当然不起訴)。この時、あたかもJR総連の代弁者であるかのように政府を厳しく批判したのが枝野幸男衆議院議員。国会質問だけではなく警察庁厚生労働省担当官への叱責にまで及んだ。

革マル派の浸透を組織力だけでは説明できない。大きな要因は、JR経営陣が分割民営化後松崎=JR総連を会社統治に利用したことだ。便利だが副作用がきついのは、総会屋と同じ。JR東海JR西日本は、早期に革マル派の影響を排除したが、JR東日本は約30年を要した。

革マル派は非公然組織を擁し、スキャンダル、家族までも利用する反社会的組織である。東日本ではお目付け役として送り込まれた警察官僚OBが脅迫に屈したことが本書では示唆されている。一方、東海、西日本では経営陣が一体となり排除の意思を固め、非合法的な攻撃にも屈しなかったことが大きい。

現在の組織人にも教訓となる話だが、経営者といっても一般の市民がどこまで体を張れるか。東に比べ西の方が革マル派の影響力が弱かったというのも事実なのだ。昨今、総会屋、過激派とも現実味は薄い。が、会社を壟断しようとするのは彼らだけではない。

2.松本創フリーライター(「週刊文春」2019年6月27日号)

〈「JRの妖怪」の生涯と、翻弄された巨大組織の裏面史〉

国鉄では「鬼の動労」を率いて暴れ、分割民営化後は経営陣に深く食い込んで「JRに巣くう妖怪」と呼ばれたJR東日本労組の元委員長、松崎明。その一筋縄では行かぬ生涯を追うとともに、彼と手を結んで人事や経営への介入を許し、翻弄され続けたJR東日本の30年にわたる裏面史を描いた大著である。

松崎が、極左組織「革マル派」の副議長を長く務めた最高幹部だったことは、広く知られる。敵対組織に「潜り込み」、内部から「食い破る」運動理論は、国鉄改革で実践される。強硬な反対から突然賛成に転ずる「コペルニクス的転換」を演じ、革マル派からの離脱を宣言。だが、これは組織を温存し、JR各社に浸透するための偽装だった。「悪天候の中、メンツで山登りするのは愚か者」と語った。松崎の演説は示唆的だ。

そして新会社が発足すると、JR東経営陣を籠絡し、労使協調を超えた「労使対等」を認めさせる。松崎の脅迫や工作に幹部が屈した結果だと長年見られてきたが、元社長の松田昌士は、本書で驚くべき“本心"を語る。「松崎は革マル派だが、一切迷惑はかけないと誓った。その言葉を全面的に信頼した。彼は情と決断力のある人間だった」と。

労組の専横を排除しようと決起した「国鉄改革三人組」の一人だった松田の、にわかには信じ難い変節。これこそ、「天使と悪魔が同居する」と言われた松崎の人心掌握術だろうか。

一方、反旗を翻す者や批判する者には、遠慮なく「鬼」の形相を見せた。

松崎支配を批判し、別組織を設立したJR西や東海の労組、その背後にいた経営陣を激しく攻撃。「葛西、君と闘う」と宣戦布告された葛西敬之は、不倫密会を尾行・盗撮される。東労組を脱退した組合員は徹底的にいじめ抜かれ、退職に追い込まれた。

メディアも標的になった。批判キャンペーンを張った週刊文春キヨスクで販売拒否され、後に続いた週刊現代は50件もの訴訟を起こされる。この「平成最大の言論弾圧」を通して、JR東労組批判はマスコミのタブーになっていく。

だが、絶対権力者となって労組を私物化し、革マル派創始者である黒田寛一をも批判するようになった松崎の姿に、長年の同志も次々と離れてゆく。自らの独善に気づけず、「小スターリン」と化した松崎は晩年、寂しい句を詠む。生涯をかけた戦闘的労働運動も、気がつけば「涸れ谷」になってしまった、と。

本書は、一人の労働運動家ピカレスク的な魅力をたたえる評伝であると同時に、戦後日本を席巻し、平成の30年をかけて終焉に向かっていった昭和型労働組合の栄枯盛衰をたどったクロニクルでもある。

そして、若き日に国鉄改革に立ち会い、ライフワークとして日本の鉄道史を掘り起こしてきた社会部記者が、積年の懸案を果たした“画竜点睛"の書である。

本書は、これまで5刷1万7千部発売され、中高年の男性によく読まれているという。ある面当然のことで、過激派の活動家は、昭和十年代と二十代生まれが主体で、三十年代は遅れてきた世代である。つまり、四十代半ば以下の若い人には、良く理解できないイデオロギーであるし、関心を持ったこともない組織なのかもしれない。その意味で、取り上げた「書評」を読めば、それなりの知識を得られたと思うのだ。