政治家の質を貶めた小選挙区制を廃止せよ!

我が輩は、以前から多くの保守系の元国会議員が、衆議院議員選挙の小選挙区制で政治家の質を貶めたことから、中選挙区制に戻すべきだという発言を何回も聞いた。そうした中で、3月12日付け産経新聞で、革新系の元参院副議長・輿石東も同じように、“中選挙区復活を"という意見を述べている。

僕は平成の始まりとともに国会にやってきたようなものだけど、30年を振り返って前に進もうと考えると、今ほど政治とは何か、政治家とは何かが問われているときはないと思う。〜

私財をなげうって世の中に尽くした結果、残ったのは井戸と塀だけ。昔はそんな井戸塀政治家がいたが、今は「いい職業だ」と勘違いして政治家を目指す者がいるんじゃないか。

以前の衆院中選挙区制は、1つの選挙区で複数人が当選するから、1つの党から2人でも3人でも立候補できた。同じ党の中で切磋琢磨し、競い合うから質の高い政治家の養成ができる面もあったし、有権者の選択肢も多かった。

かたや当選者が1人の小選挙区制は、個人の実力や資質がなくても、党や党首に人気があったり、風が吹いたりすれば、ふわーっと当選できる。

もともと小選挙区制は、健全な二大政党がお互いに競い合えば、政治にバランスと緊張感が生まれるという期待から始まった。だけど、今は中選挙区制のときよりも、バランスと緊張感がないありさまだ。やっぱり小選挙区制は日本の文化や風土には合ってないんじゃないか。国民は何となくいらだちや閉塞感があって、今の政治に決して満足していない。その原因は選挙制度にもあると思う。

小選挙区制もほぼ平成とともにあったけど、新たな時代を迎えようとしている今だからこそ、中選挙区の復活も視野に入れ、制度を見直してみてはどうか。

平成の最初の頃に衆院中選挙区小選挙区で選挙を戦い、衆参ねじれ国会や歴史的な政権交代も経験したシーラカンス(=生きた化石)みたいな僕が言うのだから、あながちおかしな提案じゃないと思うんだけどな。

というわけで、保守系のほか、革新系の元国会議員からも、今の小選挙区制から昔の中選挙区制に戻してみてはという意見が出てきた。そうであるならば、こんな不評な小選挙区制を廃止して、早急に中選挙区制に戻すべきだ。

思い返すと、中選挙区制はカネが掛かるということで平成6年、衆議院議員選挙に「中選挙区制」から「小選挙区比例代表並立制」を採用した。ところが、小選挙区制度で当選した議員は、小粒な議員が多く、さらに破廉恥な事件を起こす議員が出てきた。特に、平成24年12月の衆院選挙で初当選した自民党議員は、今では「魔の3回生」と言われ、報道されただけで、金銭トラブル、不倫、暴言及び暴行など人格者から程遠い不祥事を起こしている。つまり、国家・国民のために命を懸ける人物ではなく、口先のうまい奴、見かけだけの奴、目立ちがりやな奴、そして政治家二世の役立たずな奴が、恥ずかしくもなく立候補して当選している。こんないい加減な奴だから、破廉恥な不祥事を多く起こすのだ。一方、有権者も立候補者が少ないことから、あんぽんたんであることを知っていても、票を入れざるを得ない。

例えば、我が輩の選挙区(我孫子市と一部柏市)は、与野党揃って、あんぽんたんが立候補している。一人は世界的に有名になった閣僚、もう一人は飲み屋のママさんにぴったりの人物だ。だから以前、後輩から「あんぽんたんの閣僚に票を入れた者は恥を知れ」とのメールが着たが、何の反論も出来なかった。

そういうことで、早急に小選挙区制を廃止して、中選挙区制を復活するべきだ。だが、中選挙区制にすると言っても、当選者を基本的に2人(一部3人)か、3人(一部4人と5人)が考えられる。以前、作家・石原慎太郎は「2人が良い」という意見を出していたが、我が輩は「3人が良い」と考える。なぜなら、3人の方が、選挙戦が激しくなるし、新陳代謝が起きて、政治に緊張感が出ると考えるからだ。

いずれにしても、これだけ元国会議員が“中選挙区の復活"を求めている以上、早急に有識者による検討会を開催するべきだ。一向に公の議論すら起きないのは、どのように考えれば良いのか?