北斗ラグビー部

 NHKテレビで放送した半世紀前に活躍した北見北斗高校ラグビー部員の生き様を見た。北斗は全国大会で準優勝4回の高校である。現在、北海道から2校が全国大会に出場するが、1回戦勝てば良い方である。そもそも日本の片隅のオホーツク地方の北斗が何故、昭和20・30年代にトップチームになれたのか。そもそもの始まりは、戦後、海軍飛行予科練習生帰りの若者がラグビーを始め、それに加わった北見中の数人が中心となり発足させた。私が高校時代、春にNHK北見放送局主催でオホーツク管内の高校ラグビー大会が開催され、決勝はテレビ放送された。解説者は「工藤」と言う人で、北見営林局に勤めていた。親父はよく「北斗のラグビーは工藤氏が強くした」と言っていた。私も高校の大会で工藤氏を見掛けた事があり、身長180センチくらいあるかっこいい男であった。工藤氏は多分、明大出身者で、その関係か日本のエースになった宮井国夫は北斗、明大、八幡製鉄に進んでいる。宮井は100㍍10秒6の記録を持ち、日本陸上競技大会にも出場した伝説のバックスです。現在、オホーツク管内の高校で15人のチームが作れるのは、遠軽高校と北斗高校くらいである。私の高校時代は管内に10チームくらいあり、美幌高校がライバルで、滝上高校からも遠軽高校に練習試合に来ていた。やはり、人口だ。戦前は金鉱山、戦後は木材産業で人口を維持していたが、これからは何に頼るのか。網走沖に存在するメタンハイドレートか。まだまだ時間が掛かる。知恵を出せ、そして実行せよ!