北朝鮮問題を考える上で押さえておきたい事柄

最近、古本屋で購入した「『秘話』で綴る私と朝鮮」(著者=佐藤勝巳、晩聲社、1700円、2014年4月25日初版)を読了した。著者は、2013年12月に亡くなっているので、ある意味“遺言"と言えるためか、北朝鮮と関係が深い人物の動きや言動、そして朝鮮総聯活動家の嫌悪感をストレートに記している。そこで、北朝鮮問題に関心を持っている以上、知っていて当然の事実を引用することにした。

ー古屋(貞雄、元日本朝鮮研究所理事長、元社会党議員)先生は、1955年10月20日から3日間、国会議員訪朝団の団長として北朝鮮を訪問し、金日成に会っている、そのとき金日成に頼まれ、東京都小平市にある朝鮮大学校の建設資金(ドルを香港でポンドに替えた)を体に巻いて、羽田空港から当時新宿区信濃町にあった総聯中央本部の議長室に車で直行、現金を韓徳銖議長に直接手渡している。〜

あるとき私は、「布施辰治弁護士はどんな人でしたか」とたずねたことがある。先生は一言の下に「治安維持法違反容疑の弁護で弁護料をとっていたから、彼はブル弁(ブルジョア弁護士)だ」とはき捨てるように言った。ー

ー寺尾(五郎、北朝鮮をルポし絶賛した「三八度線の北」(新日本出版社、1959年)の著者)さんは戦前からの左翼革命家である。したがって革命にマイナスになることは書かないし、プラスになれば誇張してでも書く。これは左翼の世界共通の体質である。〜

寺尾さんとの付き合いは約10年だった。寺尾さんは、経済的に恵まれた医者の子供として万巻の書の中で育っていたが、人間を見る眼力は確かであった。あるとき、金日成に会ってどんな印象を受けたかと聞いたことがある。すると「土方の親分知っているか。あんな感じだった。しかし座談の名手だ」との答えが返ってきた。わかりやすく的確である。重要なのは人間の質を見極めることだ、と教えてもらったのだ。ー

ー独裁者は、カネとモノをばらまき、時には名誉(勲章)を与えて統治している。封建政治そのものだ。一時喧伝された「主体思想」など、今は誰も口にしていない。与える首領、与えものを拝受する家臣という封建政治の価値観からすると、カンパを与えるというのにいらないと言えば、韓国情報部と繋がったに違いないと考える。

総聯幹部は、法治国家日本に対して、封建的な買収政策を推進し、朝鮮信用組合を破綻させた結果、朝鮮信用組合は総聯から完全に切り離された。総聯中央本部は競売されることになった。

現在、日本の国会議員で、かつての自民党金丸信氏や社会党田辺誠氏らのような北朝鮮を代弁する売国政治家は皆無となった。拉致の顕在化と、ばら撒くカネもなくなったことや、価値観があまりにも違うため、付き合うものがいなくなったのだ。ー

ー1967年7月8日、ドイツ留学中の韓国人教授・留学生149名が北朝鮮工作員接触していたとして国家保安法・反共法違反容疑で韓国中央情報部にドイツ国内で逮捕されるという衝撃的に事件が起きた。その直後、総聯中央本部国際部の人間が私に会いにきた。用件を聞いて呆れてしまった。

「あの事件は韓国情報部のでっち上げだ。雑誌「世界」にそう書いてほしい。資料はわれわれが提供する。編集部と話はついている」というのだ。「事件の概要も知らない者が、でっち上げなどとは書けない」と私は頑なに断わった。

雑誌の原稿依頼は、普通は編集部がするものなのに、どうして総聯国際部が雑誌「世界」の原稿依頼をするのだろう。総聯の言う「編集部と話がついている」というのが事実なら、岩波書店の「世界」は総聯の機関誌ということになる。このころ、総聯の金炳植責任副議長が度々「世界」に執筆(ゴーストライター中川信夫氏と言われていた)しており、朝鮮信用組合朝鮮商工会などの窓口に、件の雑誌がよく山と積まれていたのを目撃している。

当時左翼の世界では、「世界」に原稿が載るだけで一流左翼知識人の仲間入りができるという神話があった。そこを狙って総聯は、「手先」になる日本人を工作していたのだろう。それを容認していた「世界」編集部の責任は極めて重い。編集部は、日本人を拉致した金王朝を一貫して擁護支持してきた雑誌メディアで、糾弾は免れない。ー

ー新出入国管理法案(1969年)を勉強する過程でわかってきたのは、総聯の主張は、法律もしくは国際的ルールを否定する得手勝手の典型であった。例えば北朝鮮内で、金日成の政策に反対するように北朝鮮国民をオルグする外国人の存在を金日成は容認しただろうか。するはずがない。そんな外国人は捕まって政治犯強制収容所送りか、国外追放処分だ。

自国内では認めない活動を、日本政府には認めよという。これは近代国家では絶対通用しない。前近代か、またはアウトローの世界でしか通用しない話である。

日本と北朝鮮は国交がないから、北を支持する在日朝鮮人の法的地位は、事実上無国籍者扱いとなる。その無国籍者集団の総聯が、当時の社会党共産党、総評などを使って、金日成政権の意にかなう政治行動をとるよう裏で工作をしていたのだ。この彼らの滅茶苦茶な主張と行動は、昔も今も全く変わっていない。

これは著しく日本国の国益を損なうものであり、政治活動の規制が必要という日本政府の主張は、国内的にも国際的にも妥当なものである。総聯は、これを「弾圧」だという。ー

北朝鮮の実態を「統一日報」に連載した在日朝鮮人金元祚著『凍土の共和国』(亜紀書房)が単行本になったのが1984年3月25日。30年前である。読者カードが200通ほど返ってきたように記憶しているが、最も多かったのが、「日本のマスコミは、なぜこの北朝鮮の実態を報道しないのか」という反応だった。

この本の出版は次の点で衝撃的であった。著者名は実名ではないから、出版社はかかってきた在日朝鮮人の電話を、「解説」を書いた私のところに回した。北海道から鹿児島まで、特に関西が多かった。金日成の個人神格化と独裁政治体制、貧しさをありのまま書いた著者の記述に100%賛意を表したものであった。部分的に否定したものすらなかった。

北を訪問したことのある在日朝鮮人は、みな同じことを考えていたが、肉親らが北に人質にとられていることと、総聯から“糾弾"される心配があったので、当時はそれを文章で表現することは簡単でなかった。第一、出版する出版社がなかった。亜紀書房につないだのは私で、「解説」を書くのが出版条件であったように覚えている。

総聯系在日朝鮮人に「俺の北認識は誤りではなかった」という北認識の共有化をはかったという意味で、誇張ではなく歴史を変えた本であった。10万部以上売れたように記憶している。この本をもって、総聯の崩壊が始まったと見ていい。ー

ー総聯系在日商工人は税金を納めず、それを北へのカンパに充てたのである。朝銀は大口カンパ者に対し優先的に融資をする。

南北とも儒教精神の残滓から労働を軽視する。特に、パチンコや金融など商業に携わる者は蔑視される。それが、カンパによって神様金日成と二人で写真を撮ることが許される。金日成は、商工人の劣等感を利用して在日からカネを集めたのである。

私がこの送金問題を取り上げたのは、1992年の「現代コリア」1月号で、タイトルは「金日成政権に核保有を許してはならないー日本政府への提言」という、原稿用紙26枚の記事の中である。

在日朝鮮人北朝鮮に持ち込むカネは、当時年間600億円。北の1万ウォンが7500円として仮算すると、450億ウォンになる。1990年の北朝鮮の国家予算は350億ウォン。在日朝鮮人の持ち込む円の方がはるかに多い。日本政府は、核開発を止めるため総聯系在日朝鮮人の北への渡航を止めるべきだ、と提案した。その後、雑誌「文藝春秋」(93年5月号)から原稿依頼があり、その中でも送金問題に触れた。

しかし、日本国内から反応がなかった。香港の「ファー・イースタン・エコノミー・レビュー」(1993年7月29日付)が、送金の箇所だけ翻訳掲載した。それがアメリカ人の目に触れた。

まず「ウォール・ストリート・ジャーナル」が、核開発をやっている北に、アメリカの同盟国日本から年間600億円もの資金が流れている。こんな日本をアメリカの青年が血を流して護る必要があるのか、という趣旨で厳しく指摘した。

米国の行政機関は、日本のカウンターパートに数字の確認を一斉に求めてきた。それで初めて送金問題が日本政府内で問題化した。米国が問題にしないと自らの判断で対処できない政府とメディアの体質は深刻で、頭上で原爆が炸裂しないと騒ぎにはならないのかと、私は当時本気で思った。ー

以上、これらの出来事や歴史を経て、現在の北朝鮮問題があることを押さえおきたい。また、著者本人が「共産主義に希望を抱いて人生を賭けた。そして無残に打ち砕かれた」という元日本共産党員であることから、別の面から北朝鮮朝鮮総聯に対する見方に説得力がある。