天安門事件から30 年経ち中国共産党に対する見方は厳しい

今年は、1989年6月4日の天安門事件から30年経ち、中国国内や香港の動きに注目してきた。そうした中、香港の最後の総監であるクリス・パッテン(英オックスフォード大学名誉総長)の投稿文が、「週刊東洋経済」(6.15)に掲載されていた。

黒歴史天安門事件」から30年 むしばまれ続ける香港の自由ー

1989年6月4日の天安門事件は、30年が経過した今も大きなインパクトを持っている。中でも、その重みをひしひしと感じ取っているのが香港だろう。

89年5月の中国では、ソ連ゴルバチョフ書記長の訪中が最大のイベントになるはずだった。崩壊の瀬戸際にあるソ連に対し、中国共産党は自らの統制力を誇示するつもりでいた。ところが予想外の光景が待ち受けていた。民主化デモが爆発的に広がりを見せていたのだ。学生に刺激され、北京市民の多くがデモに参加した。そして自由を求める運動はほかの地域にも飛び火していく。

その結果、何が起こったかはご存じのとおりだ。共産党指導部内で立場が弱まるのを恐れた守旧派が戦車を動員。人民解放軍によって丸腰の一般市民が虐殺された。共産党は「中国4000年の歴史」を継承する存在だと豪語しているが、とんでもない。偉大なる中国文明共産党がまるで別物であることは、ほかでもない天安門事件がはっきりと示している。

中国共産党黒歴史

考えてみるがいい。土地改革による地主の殺害、大躍進運動による大量餓死、文化大革命による数々の残虐行為。これらを引き起こしたのも、すべて共産党だった。

つまり共産党天安門事件を人民の記憶から消し去ろうと血眼になるのも当然なのである。共産党にとって歴史とは、1党独裁を揺るがしかねない超弩級の爆弾だ。むろん、ここには毛沢東時代の恐怖政治も含まれている。

中国指導部は今、自らの政体を他国が見習うべき模範と喧伝している。だが自身の過去が知れ渡るのをこれほどまでに恐れている政権が、よくも世界をリードできるなどと言えたものだ。

かつては次のように信じる人々も少なくなかった。経済が豊かになり、世界的な地位が向上するにつれ、中国はゆっくりとではあっても必ずや言論の自由や法の支配といった国際的な価値体系を受け入れるようなるはずだ、と。

だが、このような希望は習近平国家主席の手で打ち砕かれつつある。習氏は共産党支配を強め、人権活動家や弁護士を投獄し、宗教弾圧を行うなど先祖返りを強行している。新彊ウイグル自治区では何十万人というウイグル族が「再教育施設」に送られ、台湾に対する軍事威嚇も強まった。香港も同様の締め付けを受けている。

香港の主権は97年に英国から中国に返還されたが、これに関し中国政府はある条約に署名している。返還後50年間は言論の自由や司法の独立といった高度の自治を香港に認めると公約したのだ。

ところが習氏が絶対的権力を掌握するや事態は一変した。最近では民主化デモの活動家を訴追し、体制批判を封じ込める目的で「社会秩序を乱した」などという時代錯誤の容疑が持ち出されるようになっている。香港政府に対する共産党指導部の介入は、どうやら強まる一方だ。

目下、香港では容疑者の身柄を中国本土に引き渡せるようにする条例改正案が提出され、自由が一段と脅かされるようになっている。香港の「法の支配」が本土の「法による支配」にのみ込まれようとしているのだ。本土では司法と党指導部、公安当局が一体となり、法が権力者の道具にされている。

だが香港にはまだ自由がある。天安門事件が起こった6月4日には毎年追悼集会が行われ、今年も10万人を超す人々が参加した。本土と違って、天安門の虐殺事件は少なくとも歴史の闇に葬られてはいないということだ。

香港政府には共謀罪などを持ち出して、追悼集会の主催者に手をかけることのないようにしてもらいたい。

さすがに、パッテン氏の寄稿文は、素晴らしい内容である。パッテン氏は、元英国保守党議員で、英オックスフォード大学総長も歴任しており、香港の総監を退任後も、中国本土の行く末を見守っていたようだ。そうでなければ、このような“分析力"に優れた寄稿文が書けるハズがないからだ。

思い返すと、1997年に香港が英国から中国に返還された際、アヘン戦争後の1842年に英国の植民地が、やっと元の中国本土に戻るということで、吾輩も暖かい眼差しで見守った。ところが、返還した中国本土は、運悪く「中国共産党独裁」の国家である。これでは、2047年まで高度な自治が保障される香港(人口750万人)の「一国二制度」は、果たして維持されるのかと考えているところに、香港政府が「逃亡犯条例」改正案を提案した。この不安感が、16日(日)の過去最大級の200万人近く(主催者発表)のデモ参加者になった。

天安門事件以後、アメリカなど欧米諸国は、最近まで中国政府に優しい対応を示してきた。その意味するところは、パッテン氏も記しているが「経済が発展すれば、いずれ民主化する」と見ていたからだ。ところが、習近平体制以後、欧米諸国の見立てと違う面が出てきたので、米国などは慌てて「中国を警戒せよ」という事態に陥っている。これなどは、如何に欧米諸国が「中国共産党独裁体制」に甘い対応をしてきたのかという証拠である。その意味で、我が国は、非常に重要なポジションにいることを自覚し、アジアの民主化に貢献しなければならないと思うのだ。