改正入管法は後世に問題を残さないか

外国人労働者の受け入れ拡大を図る出入国管理法改正(入管法)が、12月8日未明に成立した。だが、この改正入管法は、後世に問題を残さないか。日本国民及び外国人労働者を豊かにするのか。等々の課題がある以上、もう一度、改正入管法を考えてみたい。

というのは、この外国人労働者の受け入れ拡大問題は、もう20年前から我が国の懸案事項になっており、NHK総合テレビでも特集番組で大きく報道した経緯がある。その際には、外国人単純労働者の受け入れ拡大に反対の電気通信大学教授(当時)・西尾幹二と、受け入れ賛成の作家・堺屋太一の二人が、番組内で意見を述べあった。その時には、西尾氏の意見に賛同したので、それ以後、堺屋氏が嫌いになっているのだ。そのような中で、昨日の「産経新聞」正論欄に、西尾氏が改正入管法について寄稿しているので、まずはこの記事を紹介する。

〈「移民国家宣言」に呆然とする〉

〜私が外国人単純労働力の導入に慎重論を唱え出したのは1987年からだった。拙著『労働鎖国のすすめ』(89年)は版元を替えて4度改版された。初版本の当時は発展途上国の雇用を助けるのは先進国の責務だ、というような甘い暢気な感傷語を堂々たる一流の知識人が口にしていた。この流れに反対して、ある県庁の役人が地方議会で私の本を盾にして闘った、と私に言ったことがある。

「先生のこの本をこうして持ってね、表紙を見せながら、牛馬ではなく人間を入れるんですよ。入ったが最後、その人の一生の面倒を日本国家がみるんですよ。外国人を今雇った企業が利益を得ても、健康保険、年金、住宅費、子供の教育費、ときに増加する犯罪への対応はみんな自治体に降りかかってくる。私は絶対反対だ」

この人の証言は、単純労働力の開放をしないとしたわが国の基本政策の堅持に、私の本がそれなりに役割を果たしていたことを物語っていて、私に勇気を与えた。私は発言以来、不当な誹謗や中傷にさらされていたからである。〜

今回の改正法は国会提出に際し、上限の人数を決めていないとか、すべて官僚による丸投げ風の準備不足が目立ったが、2008年に自民党が移民1千万人受け入れ案というものすごく楽天的なプログラムを提出して、世間をあっと驚かせたことがある。(「人材開国!日本型移民政策の提言」同年6月12日付)。中心は中川秀直氏で、主なメンバーは杉浦正健中村博彦森喜朗町村信孝などの諸氏であった。外国人を労働力として何が何でも迎え入れたいという目的がまずあった。〜

日本文化は確かに寛容だが、何でも受け入れるふりをして、結果的に入れないものはまったく入れないという外光遮断型でもある。対決型の異文明に出合うと凹型に反応し、一見受け入れたかにみえるが、相手を括弧にくくって、国内に囲い込んで置き去りにしていくだけである。キリスト教イスラム教、ユダヤ教、それに韓国儒教などの原理主義は日本に絶対に入らない。中国の儒教も実は入っていない。

「多民族共生社会」や「多文化社会」は世界でも実現したためしのない空論で、元からあった各国の民族文化を壊し、新たな階層分化を引き起こす。日本は少数外国人の固有文化を尊重せよ、と早くも言われ出しているが、彼らが日本文化を拒否していることにはどう手を打ったらよいというのか。

イスラム教徒のモスクは既に数多く建てられ、中国人街区が出現し、朝鮮学校では天皇陛下侮辱の教育が行われている。われわれはそれに今耐えている。寛容は限界に達している。34万人の受け入れ案はあっという間に340万人になるのが欧州各国の先例である。

四季めぐる美しい日本列島に「住民」がいなくなることない。むしろ人口は増加の一途をたどるだろう。けれども日本人が減ってくる。日本語と日本文化が消えていく。寛容と和の民族性は内ぶところに硬い異物が入れられると弱いのである。世界には繁栄した民族が政策の間違いで消滅した例は無数にある。それが歴史の興亡である。

以上、西尾氏の意見を一部転載したが、今でも単純外国人労働者の導入には反対のようだ。しかしながら、現在の日本の現状や、グローバル化した世界の現状を見た時、果たして高度技術の持ち主だけを労働者として受け入れることが出来るのか、という問題が出てくる。

我が輩が、外国人労働者問題で、一番思い出す場面は、NHKが放映した番組である。その番組の中で、西ドイツが1950年代後半に、労働力不足を大量の労働者として受け入れたトルコ人たちの言動だ。ドイツに定着したトルコ人が「我々トルコ人は、ドイツ人のやらない仕事をしてきた。今更、トルコに帰れというのか」と激しく抗議する場面であった。その時、我が輩は「そうか、ドイツに住み着いたトルコ人は、何らかの定住根拠が必要なので、こんなことを言うのか。人間はロボットでない以上、何らかの定住根拠である“屁理屈"が必要なのだ」と思った。それは、在日朝鮮人が「我々の親たちは、日本に強制連行されてきた者たちだ。今更、どこに帰れば良いのか」という“屁理屈"と同じと感じたからだ。つまり、人間は住み着いた国に定住するために、何らかの理由が必要なので、平気で“嘘八百"を述べるという習性があるのだ。

現在、我々の周りを見渡すと、もう既に外国人労働者があらゆる業種で就労し、この首都圏のハズレの街でも、外国人労働者と会わない日はない。つまり、もう外国人労働者を拒否することはできず、後はどの程度の外国人労働者を受け入れるのか、という段階に入っている。その意味では、日本での在留期間が終了したら外国人労働者は、間違いなく帰国させることと同時に、日本を好きになって帰国して貰うことが、最も重要な政策と考える。そのためには、送り出し先と受け入れ先の管理を、両国の当局が連携して監視して欲しいのだ。悪質なブローカーを排除することは、当局の最低限の義務である。

最後は、元入管幹部の友人からの解説である。

○管理のシステムが機能すれば、今までと変わりない話だ。

○今の受け入れ範囲を少し広げるだけだ。

○5年で帰ってもらうので調整可能である。移民にはならない。