横綱稀勢の里の出身地をどう考えるのか

横綱稀勢の里が、夏場所11日目から休場して、寂しい場所になった。そんな中、今回取り上げるのは、横綱の出身地は“どうあるべきか"というテーマである。今年1月の初場所後、稀勢の里横綱昇進が決定すると、テレビ局が本人の出身地を巡って、茨城県の牛久と龍ヶ崎の両市を、面白おかしく報道した。しかし、報道の中では、出身地は「こうあるべきだ」旨の指摘がなかった。つまり、稀勢の里の出身地は「牛久市」となっているが、最終学歴が龍ヶ崎市の「長山中学校」である以上、出身地は「龍ヶ崎市」と考えている。その点を、これから説明していきたい。

先ずは、その理由として、中卒者が多い相撲界では、中学校を卒業した自治体が出身地と考えるのが自然と思う。しかし、稀勢の里の場合、龍ヶ崎市の中学校を卒業したが、両親が牛久市に転居したので、その後は同市から通った。また、若い頃に「荻原関郷土後援会」を牛久市に設立(平成16年7月)したので、出身地を「牛久市」にしたようだ。

稀勢の里横綱昇進後、茨城県南部は近隣であるので、母校の「長山中学校」を訪ねたり、同中学校の「稀勢の里資料室」出張展示を見学した。このほか、2月18日に牛久市で開かれた稀勢の里の祝賀パレード(人出5万人)と市民栄誉贈呈式を見学した。その贈呈式では、古河市(茨城県)から来た老婆二人組が「双子の有望力士・貴源治も、境町(茨城県)の中学校を出たが、親が小山市(栃木県)に転居したので、後援会を小山市に設立し、出身地も『小山市』になった」と教えてくれた。貴源治はこの夏場所新十両に昇進した有望力士であるので、この話しを聞いた時には大変驚いた。

確かに、最近発売された月刊誌「相撲」(5月号)を見ると、貴源治は、境町の境小5年から第一中3年まで、兄の貴公俊(幕下)とともに在学している。また、月刊誌「大相撲ジャーナル」(6月号)では、バスケットボールで、「栃木・境第一中では3年の時に県大会で無敗。栃木県選抜で出場した全国大会では3位になった」と、境町が栃木県内として書いている。貴源治の出身地が小山市であるので、境町も栃木県と思ったのであろう。いずれにしても、茨城県境町に住んでいたことは間違い。

話しを2月18日の贈呈式に戻す。贈呈式終了後、左腕に「龍ヶ崎市広報」と書かれた腕章した男性と会ったので、我が輩が「龍ヶ崎市役所の人ですか。稀勢の里は、龍ヶ崎市の小中学校を卒業したのに、牛久市に出身地を取られて悔しくないですか」と尋ねたところ、その男性は「確かに、稀勢の里は2歳から14歳まで、龍ヶ崎市に住んでいたので、そう言えると思います。帰ったら、市長に伝えておきます」との返事であった。

牛久駅到着後、実家が同駅西口付近に所在するという話しを聞いたので、ついでに西口に赴いた。ところが、一向に判明しないので、駅前の書店で尋ねると、女性主人が「随分前、稀勢の里が建てた豪邸に引っ越した」との返事であった。さらに我が輩が「今日のパレード、凄い人出であった。このパレードを見た龍ヶ崎市民は、悔しい想いをしたと思う。なぜ、龍ヶ崎市ではなく、牛久市に後援会が出来たのか」と尋ねると、主人と話していた年配のお客が“人差し指と親指で丸"を作って、「聞いたところでは、稀勢の里は最初、龍ヶ崎市役所に後援会設立をお願いした。ところが、龍ヶ崎側は、わずかなカネさえも出せないということで、牛久市側にお願いしたようだ。最後はカネですよ」との話し。我が輩も、以前から薄々感じていたことなので“やっぱり"と思った。

稀勢の里の場合、出身地が牛久市でも、龍ヶ崎市でも、同じ茨城県である。しかしながら、貴源治がもしも横綱に昇進した場合には、栃木県出身になる。大関以下の力士であれば、何も目くじらを立てることはないが、横綱の場合は別である。何故なら、歴代横綱の出身地として、末永く伝えられていくからだ。その意味で、後世の相撲ファンが、誰でも納得する都道府県や自治体でなければならい。しかしながら、中卒地の自治体が全て出身地という訳ではない。例えば、元横綱北の湖の場合、当時は中学生力士が認められていたので、両国中学校を卒業している。だが、出身地は北海道という事例もあるからだ。

実は、力士の出身地を疑っているのだ。つまり、一部の力士は、後援会を財政力や人口が多い自治体に設立しているのではないか。この背景には、双方の利害が一致しているからではないか。例えば、牛久市龍ヶ崎市は、共に人口8万人であるが、牛久市常磐線に駅があり地価が高い、一方の龍ヶ崎市は、常磐線沿線ではないので地価が安い。その結果、両市間には経済格差がある。また、境町は人口二万五千人、小山市は人口十六万人で、当然のごとく経済力も財政力にも格段の差がある。言い方は悪いが、後援会員を増やせて、カネが集まる自治体に出身地をシフトしているのではないか。さらに言えば、経済力や財政力のある自治体が後援会を設立し、有望力士を“乗っ取っている"のではないか。

以上、長々と説明してきたが、即ち、横綱本人の記憶(少年時代)の中に、全く覚えていることがない自治体に出身地を置くことは“如何なものか"と考える。それを考えると、相撲協会は安易に力士の出身地変更を認めるべきではない。横綱の出身地は、それくらい重要なものだし、未来永劫“歴史"に耐えられる都道府県や自治体でなければならないと思うのだ。