北方領土交渉に期待してはならない

安倍首相とプーチン大統領は、9月2日に日ロ首脳会談を行い、12月15日にプーチンが首相の地元・山口県を訪れることで合意した。しかしながら、なぜ故か、今後の北方領土交渉に期待よりも不安を感じている。その理由は、ロシア側に北方領土返還への反対論が根強いことと、日本側が1兆円規模の経済協力を先行するといわれているからだ。

9月1日付けの北海道新聞によると、8月31日に樺太ユジノサハリンスク市に「対日戦勝博物館」が一部完成したという。展示内容は、1945年8月9日に対日参戦した旧ソ連軍が、南樺太北方領土を含む千島列島に侵攻した歴史を、当時の写真や映像などで紹介している。その中には、千島列島の「占守島の戦い」再現パノラマもあり、北方領土の実効支配を「大戦の結果だ」とアピールしている。つまり、ロシア側は未だに対日参戦を正当化するとともに、日ソ中立条約違反については、全く触れていない。これでは、日本人が不信感を持つのは、当然のことではないか。

前記の「占守島の戦い」に関しては、思い出すことがある。もう三十数年前のことであるが、北海道のS高校を卒業し、東大法学部を卒業して弁護士をしていた人物のことである。この弁護士が言うには「自分の父親は、北千島の戦争で亡くなった。自分は2歳であったが、母親は父親が亡くなった日付を信じている。8月のある日、朝方に“凄い明かりを見た"というのだ。戦後、旧ソ連軍が8月18日未明に占守島に上陸、23日に停戦協定が成立したが、その間の日付である。そのため母親は、“明るくなった日"が、きっと父親が亡くなった時と考えている」と話してくれた。

後日、弁護士に連れられて「千島連盟」の会合(約10人)に参加した。参加者は千島列島出身者など老人が多く、必然的に若い弁護士を可愛がった。会員の中には、著書を出した人もおり、旧ソ連軍の蛮行を話してくれた。改めて、日ソ中立条約を一方的に破棄し、対日参戦した旧ソ連の行動を思い起こした。

話しを戻すと、安倍首相はウラジオストクで、日ロ間で平和条約が締結されていないことを“異常な事態"と言及したが、この原因を作ったのは誰なのか。明らかに日ソ中立条約を破った旧ソ連であるハズで、余りにも下手に出ている感じを受けた。これではカネだけ取られて、何も得られないのではないかと心配になる。つまり、ロシアはクリミア半島を併合したように、欧米諸国の「法の支配」という普遍的な価値観を共有する国家でないのだ。

筆者は、今後の国際情勢は、ますますロシアにとって厳しい逆風になると考える。その背景を説明すると、

北朝鮮を巡る中国、韓国、米国との勢力争い。

○クリミア、ウクライナを巡るNATOとの対決。

○来年からポーランド、バルト3国に駐留する米軍との摩擦。

○シリアから帰還するイスラム教徒との対決。

○原油安、経済制裁、国際競争力の低下による経済苦境。

○人権無視、ドーピング問題から波及する欧米諸国からの孤立。

ーなどが考えられるからだ。

即ち、プーチンのロシアは、外交や経済対策で行き詰まり、今や先進国では日本しか相手にしない現実がある。それを考えると、安倍首相の“前のめり"が心配であり、今月の月刊誌「選択」で書かれていた「日本側が努力するのは、不誠実に見えない程度に聞き流すことだ」という見解である。ある面、日ロ間に平和条約が無いことは、日本側にとって“数少ない外交カード"ではないかと考えるのだ。