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林業再生で地方活性化を実現したい

筆者は、以前から地方再生のポイントは、農業、漁業、林業、観光で、その中では林業再生が最も難しいと考えてきた。そうした中で、5月4日付け「読売新聞」は、「若者呼び込める成長産業に」という見出しの社説を掲載した。その一部を転載させてもらうと、

○今日はみどりの日林業再生の重要性を再認識したい。

○政府が、今後10年の林業政策の指針となる新たな「森林・林業基本計画」を月内にも策定する。…2025年までに、国産材の供給量を14年の約1.7倍に増やす数値目標も掲げる。

林業の現状は厳しい。国内の木材産出額は、1980年の2割程度に落ち込んだ。林業従事者も、当時の3分の1の約5万人に減少している。…若者層を含め、毎年約3000人ペースで新規就労者がいるのは、せめてもの救いである。

○森林の共有者が所在不明のため、共有林を伐採できないケースも目立つ。所有者全員の同意がなくても、共有林を伐採できるようにする森林法改正案が、今国会で審議中だ。

この社説を読むと、林業の置かれている現状が理解出来るし、政府が林業再生に努力している姿も多少は理解出来る。政府は、北海道を始め地方にとって、林業再生が今や地方再生の切り札で、喫緊の課題と理解したようだ。

筆者は、恥ずかしながら、亡くなった父親がオホーツク管内の営林署に勤めていたが、木の種類や使い道など、今もってよくわからない。木で成長させてもらいながら、木のことは何もわからず、全く持つて恥ずかしいが、林業を応援する意味でこの文章を作成している。

思い返すと、昔のオホーツク管内の林業は凄かった。例えば、オホーツク管内には「北見営林局」が存在したが、北海道内5営林局の中で、ー管内単独で営林局が存在したのはオホーツク管内だけである。内地を見ると、5都府県に一つくらいの割合で営林局が存在したが、それがオホーツク管内だけを管理する営林局があった。

更に、各市町村には、数十の木工場が存在し、多くの人が働いていた。筆者も中学生時代、夏休みにアルバイトした記憶があるが、それが今や、各市町村には一桁の木工場しか存在しない。

営林署の話しに戻すと、大雪が降ると町役場から営林署に連絡がくる。そうすると、営林署のブルドーザーが出動して、町中の道路を除雪する。今、その情景を思い起こすと、当時の営林署は、その位の力量があったし、町役場からも相当当てにされていたと思う。

そのほか、冬場には営林署(貯木場)主催のスキー大会があった。その際には、大きな釜で豚汁を作り、地域住民に振る舞ったし、大会の賞品も小・中学校大会の景品であるノートや鉛筆ではなく、もっと豪華な景品が出た。また、野外映画会を開くなど、地域住民の娯楽などでも中心的な役割を果たしていた。

その営林署、現在はどうなっているのか。ピーク時には、だいたい各市町村ごとに営林署が存在していたので、総計では20前後はあった。それが現在では、営林局が事務所に、営林署は4つの森林管理署(約30人)に再編された。当然のごとく、職員数もピーク時の10分の1、いや20分の1に減少しているのではないか?

営林署の廃止は、地域の状況を大きく変えた。10年前には、小学生時代の官舎を訪ねたが、父親の職場も官舎もなく、跡地は雑草で覆われ、完全に自然に戻っていた。また、転校先の官舎は、整地にされて、町役場が安い価格で売り出していた。

即ち、オホーツク管内で栄華を誇っていた営林署が、どんどん廃止されたことで、職員数が大幅に減少し、各市町村の人口減少に勢いを付けてしまった。その意味では、林業再生は地方再生と同時に、人口減少を食い止める大きな切り札である。今後、政府の政策に期待して、その成果を見守りたいと思う。