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日本人は樺太を忘れてはならない

今月中旬、樺太を特集した雑誌「別冊正論25」(樺太ーカラフトを知る)が発売された。久し振りの樺太特集の雑誌で、本の厚さも306Pあり、誠に充実した内容になっている。それでは、樺太周辺の歴史を再確認したい。

ロシア帝国は、毛皮を求めてシベリアを東進して、1689年に清国との間で、ネルチンスク条約を結び、一旦南下政策は停止する。ところが1842年、清国が阿片戦争で英国に敗北すると、ロシアはアムール河(黒龍江)口や樺太の探検を始め、樺太が清国の勢力が及んでないことを確認し、1849年に海軍士官ネヴェリスコイをアムール河口に派遣。彼は「樺太が島であること」を発見し、「アムール河湾及び同河口が海洋船の航行可能である」ことを立証、樺太及びアムール河口全域をロシア領と宣言した。

1854年に日露和親条約が締結されたが、樺太の国境は確定されず、日露両国人の雑居という曖昧な状況になった。そこでロシアは、1857年に少数の兵力を樺太南部に送り込んで駐屯させ、日露両国人雑居の既成事実化に着手し始めた。更にロシアは、1861年の「樺太島仮規則」で、樺太を日露両国人の雑居地として再確認されると、仮規則を利用して、兵力の駐留、罪人の流刑、開拓移民の奨励など、樺太実効支配を強化する政策を進めた。このため、現地の日本人との間で、さまざまな軋轢や衝突を生じるようになった。

そして1875年、ロシアに樺太全島をロシアに譲るかわりに、千島全島を日本領とする樺太・千島交換条約が結ばれた。しかしながら、当時の国民はサルカニ合戦のたとえを引いて、明治政府に力がないばかりに、自分のものと自分のものを交換することになってしまったといって悔しがったという。

また、ロシアは、清国が太平天国の乱や英仏両国との紛争に悩んでいたのに乗じて、日露和親条約締結から3年後の1858年、不平等条約の一つであるアイグン条約を結ばせアムール河左岸域を併合。同時に外満州一帯を清露の共同管理とするや一気に軍事占領を進め、2年後の北京条約で沿海州として併合した。つまり、ロシアは清国で成功した領土奪取の手段を、樺太にも適用したのである。

その後の日露戦争では、日本軍が樺太全島を占領したが、ポーツマス条約で、日本が大きく譲歩して賠償金の放棄と南樺太の割譲、つまり北樺太の放棄で決着した。当時の人たちは、元々日本領である樺太全島を“回復"出来なかったので、講和に対する不満が爆発する「日比谷焼き打ち事件」を引き起こした。ある面、日露戦争樺太を巡る戦争でもあったのだ。

1945年8月11日、ソ連軍が日ソ中立条約を破棄して、樺太に侵攻したので、樺太から約30万人の民間人が引き揚げた。つまり、ソ連は戦後のどさくさに紛れて、まるで“火事場泥棒"のように日本から樺太、千島全島を奪取したのだ。そのためか、ロシアはソ連時代から、日本の「無条件降伏史観」を利用して、北方領土が「ロシアの領土」になったと日本人に思い込ませようとしてきた。

しかし、筆者は、次の4点を挙げて、ロシアの北方地域の占領に反論する。

①1941年8月14日の「大西洋憲章」、1943年11月27日の「カイロ宣言」で、領土不拡大の原則で合意したが、ソ連も「大西洋憲章」に参加する意志を表明した。

②1941年4月25日に「日ソ中立条約」が批准、1946年4月25日までの5年間は効力をもつ条約である。よって、ソ連軍の樺太侵攻は、国際法違反である。

③米国では、ヤルタ密約は「ルーズヴェルトの約束」になっている。決定的なのは、1952年にサンフランシスコ平和条約を米国上院が批准する際に、ヤルタ密約を破棄するとした付帯決議がなされたことだ。

④1951年9月、わが国と48カ国との間でサンフランシスコ条約が調印されたが、ソ連は調印していない。よって、ロシアは樺太と千島の帰属を主張する権利がない。

このほか、現在の米国は、ロシアを自分と同等の戦勝国として認めておらず、したがって、千島列島どころか南樺太まで、ロシアの主権を認めていない。現在でも正式な地図では、南樺太及び千島列島は、ロシア領とは別の色になっていて、ロシアの領土とはされていないという。

以上、ロシアが樺太を併合する理由がないこと説明した。今やロシアは、昨年春にウクライナのヤルタ半島を一方的に併合した後、完全に欧米諸国から“孤立"している。以前の北方領土返還運動は、世界の中で“孤立した運動"に感じていたが、現在はロシアの横暴さを世界中の人たちが感じ、日本に対する見方も変わってきた感じを受ける。それを考えると、我々日本人は30年、100年かけても樺太を“回復"する努力をし続けるべきである。そのためには、正しい歴史を知り、何時までも樺太に関心を持ち続けることが必要である。ロシアの不正義が、何時までも通用しないことを信じたいのだ。