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14代沈壽官と写真撮影

九州を最初に訪れたのは、鹿児島県日置市東市来町美山である。教養人は、既に知っていると思うが、豊臣秀吉朝鮮出兵の際、島津義弘が朝鮮から陶工約80人を連れ帰り、美山に移住させた。これが薩摩焼の誕生に繋がる。

美山では、薩摩焼では最も有名な沈壽官の窯を訪れた。現在の当主は15代沈壽官で、14沈壽官の事は司馬遼太郎が小説「故郷忘じがたく候」で紹介している。

売店では、真っ黒な急須と湯飲みを1万円で購入したが、15年前に訪れた際にも急須を購入した。薩摩焼では、黒は一般人に愛され、白は藩御用達であったようだ。私のような平民は、どうしても真っ黒な色に魅力を感じてしまう。

売店を出たところ、すぐ近くで14代がご婦人と立ち話しをしているのを発見。私が驚いていたところ、14代が近づいて来たので、「写真をお願い出来ますか」と尋ねたところ了解。すぐに友人二人と交互に写真撮影した。私は、14代が早大卒である事を知っていたので、早大卒の友人を紹介したところ、14代は友人に握手を求めるとともに、「今、孫が早大に通っている」と嬉しそうに話しをした。2〜3分の接触であったが、私にとっては忘れなれない出来事になった。

その後、元外相東郷茂徳記念館を見学した。東郷氏は、太平洋戦争の開戦時と終戦時に外務大臣を務めた人物である。記念館には、東郷氏の写真や勲章が展示され、裏庭には父親が使用した窯が見える。15年前、私が案内人に対し、「茂徳氏の孫が外務省にいるが、友人たちの話しでは事務次官や駐米大使に就任する可能性があるようですね」と述べたところ、案内人が嬉しそうな顔をした事を思い出した。

なお、タイミング良く、9月14日付け読売新聞で、14代と15代を紹介する記事が掲載されている。